【第708回】『ギャング・オブ・ニューヨーク』(マーティン・スコシージ/2002)


 1846年ニューヨーク、髭を剃るヴァロン神父(リーアム・ニーソン)のクローズ・アップ、右頬にカミソリがゆっくりと滑り降りて来た時、カミソリ負けした彼の右頬から血が滲む。父親からカミソリを受け取った息子は服で血を拭き取ろうとするが、その瞬間父親に咎められる。天国から悪魔を追い払った聖ミカエルに手を合わせ終えると、ヴァロンは息子の手を引きながら、階下へと降りて行く。すれ違う人々は刀を研ぎ、防具を装着し、武者震いをしている。ファイヴ・ポイント地区の支配権をめぐる仁義なき戦い、アイルランド系の移民集団デッド・ラビッツの長であるヴァロン神父(リーアム・ニーソン)は、仲間たちを引き連れて入り口の前までやって来ると、そこにはウォルター・"モンク"・マクギン(ブレンダン・グリーソン)がいる。彼の棍棒に刻まれた横線は殺した男の人数であり、無数に引っ掻いてある。1人殺すごとに10ドルの破格の契約を結んだモンクはオールド・ブリュワリーの鉄の扉を開ける。雪に覆われたファイヴ・ポイントの土地。ヴァロン率いるデッド・ラビッツは、アメリカ生まれの集団ネイティヴズのリーダー、肉屋のビル・ザ・ブッチャー(ダニエル・デイ・ルイス)と対峙する。息詰まるような静寂の中、十字架をモチーフとした武器を翳すヴァロンはネイティブスへの攻撃に打って出る。

 19世紀初頭のアメリカ・ニューヨークでは、大飢饉に見舞われた故郷を離れ、アメリカン・ドリームを夢見たアイルランド系の移民たちを乗せた船が毎日のように港に降り立った。19世紀のヨーロッパの人々にとって、新大陸は人生を賭けた一世一代のギャンブルの現場だった。しかし貧しい彼らが住むことが出来たのはオンボロ・アパートや売春宿の密集するドヤ街ファイブ・ポインツであり、そこには"ネイティブ・アメリカンズ"と名乗るアメリカ生まれの住民たちが徒党を組んでいた。自称"ネイティブ・アメリカンズ"に対抗する為、アイルランド系移民たちも徒党を組み、"デッド・ラビッツ"という組織を作り上げた。ここでカトリックたちの長に選ばれるのは、潤沢な資金力でも恵まれた体格を持っている大柄な男でもなく、アイルランド系移民たちが拠り所とする信仰のリーダーであるヴァロン神父だというのが興味深い。神父は無益な殺生は絶対に御法度のはずだが、神の名の下に"ネイティブ・アメリカンズ"と血で血を争う抗争を繰り広げる。導入部分の印象的な殺戮ショーの後、路頭に迷ったアムステルダム・ヴァロン(レオナルド・ディカプリオ)はヘルゲート少年院で少年から大人へ成長し、亡き父の復讐を誓う。彼がどさくさ紛れに故郷の地を踏むのも、アイルランド系の移民たちの列に紛れたからである。

 これまでのスコシージ作品の御多分に洩れず、今作にも男2人女1人の三角関係が登場する。美しいスリのジェニー・エヴァディーン(キャメロン・ディアス)に金品を奪われたアムステルダムは路面電車に乗る彼女を尾行し、無事奪われたネックレスを取り戻す。だがその時アムステルダムの心には、社会の底辺を歩く彼女への共感の炎が微かに灯る。パーティの場面で女王となったジェニーが後ろ鏡でアムステルダムを選ぶ場面は、男たちの復讐劇を超えた異色の名場面である。ダンスを踊ったことのないアムステルダムはたどたどしいステップを踏んだ後、ジェニーと運命の愛に浸る。しかしその影にはまたしてもビル・ザ・ブッチャーがチラつく。スコシージはブッチャーを『グッドフェローズ』のジミー(ロバート・デ・ニーロ)やトミー(ジョー・ペシ)のような得体の知れない暴力性を秘めた粗暴な人物として描写しながら、同時にヴァロン神父を殺めた1846年の「名誉の死」を引きずる人物として描く。今作で復讐する側とされる側双方に滲むのは強い「贖罪の念」に他ならない。スコシージの映画では決まって良好だった三角関係の終焉が訪れるが、マリファナでハイになった夜、アムステルダムは父の仇であるブッチャーの情婦であるジェニーを強く抱く。ブリブリになったアムステルダムの目が覚めた時、横に座るのは憔悴しきった姿を晒すビル・ザ・ブッチャーの姿が強く印象に残る。

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