【第709回】『ディパーテッド』(マーティン・スコシージ/2006)


 少し前のマサチューセッツ州ボストン南部、通称「サウシー」。叔父のジャッキーは筋金入りのマフィアで、ファミリー全てがマフィアの血筋であったビリー・コスティガンはこの汚れた血筋を断つために環境を変えようと、一念発起して警察官を志す。一方その頃、「サウシー」のダイナーではボストン南部一帯を牛耳るマフィアのボス、フランク・コステロ(ジャック・ニコルソン)が震える店主から稼ぎを根こそぎ奪い取る。娘のカーメンはいい女になったとふてぶてしい笑みを浮かべながら、更に金をせびる姿は筋金入りのワルだ。そんなエリアのボスの姿にカウンターに座るコリン・サリバンは震えていた。幼い頃に両親を亡くし、地域の暗黒街のボスであるコステロに育てられた男はやがて彼の入れ知恵により警察学校に入る。ビリー・コスティガン(レオナルド・ディカプリオ)にコリン・サリバン(マット・デイモン)。同じ警察学校に通い優秀な成績を収めた二人は互いの存在を知らないまま、それぞれの道を歩き出す。コリンが配属されたのは、エーラービー警部(アレック・ボールドウィン)率いるエリート集団「SIU」。マフィア撲滅の最前線に立ち、有能な警察官を装いながら警察の動きをコステロに逐一知らせるコリン。一方、ビリーに命じられたのはマフィアへの極秘潜入捜査だった。その任務を知る者は、クイーナン警部(マーティン・シーン)とディグナム刑事(マーク・ウォールバーグ)の2人だけしかいない。

 今作は潜入捜査官としてマフィアに入り込むヤン(トニー・レオン)と、マフィアから警察に潜入するラウ(アンディ・ラウ)の姿を描いたアンドリュー・ラウとアラン・マックの香港映画『インファナル・アフェア』のハリウッド・リメイクである。オリジナルはジョニー・トーの任侠映画そのままの香港の闇社会と仏教観念を題材にしているのに対し、スコシージはこのリメイク作品の舞台に勝手知ったるニューヨークではなく、マサチューセッツ州ボストンに舞台を移す。ボストンはアイルランド系マフィアとイタリア系マフィアに牛耳られる移民たちの街であり、近年では明らかに今作の影響が色濃いスコット・クーパーの『ブラック・スキャンダル』でも2大マフィアの対立が強調して描かれた。ニューヨークを舞台にした『グッドフェローズ』ではヘンリー・ヒル(レイ・リオッタ)とジェームズ・“ジミー”・コンウェイ(ロバート・デ・ニーロ)は共にアイリッシュ系の出自を持つマフィアで、ただ一人トミー・デヴィート(ジョー・ペシ)だけは生粋のイタリア系移民だった。『グッドフェローズ』同様に幼い頃のサリバンはコステロの姿に憧れを抱く。マフィア社会に翻弄される幼少期を過ごした2人の若者たちの成長した姿。一方のサリバンはキャリアも成績もケチのつけようがないキャリア・コースを歩む一方で、成績は優秀だったが叔父がマフィアの人間だった経歴から、ビリー・コスティガンは最初からエリート・コースを外れ、あろうことか警察の影の部分を背負わされる羽目になる。スコシージは2人の階級差を『ギャング・オブ・ニューヨーク』のカトリックvsプロテスタントの対立構図さながらに闊達に描写する。

 映画は表裏一体の2人の関係性を媒介するフランク・コステロの得体の知れない怪演ぶりにたっぷり時間を割きながら、紙一重の世界に生きるサリバンとコスティガンの真の媒介者に心理カウンセラーであるマドリン(ヴェラ・ファーミガ)を配し、コスティガンとサリバンとマドリンとを三角関係に結ぶ。互いにインサイダー(内通者)としてグループを欺き、一貫して汚れ仕事を演じ続ける男たちはマドリンの前でだけ、素の自分の人間としての弱さを見せる。守秘義務に覆われたマドリンの診察室はさながらキリスト教会の懺悔室のように思えてならない。『グッドフェローズ』、『ギャング・オブ・ニューヨーク』、そして今作に共通する主題はマフィア同士の信頼と裏切りである。サツのネズミとFBIのネズミ、威信を賭けた両側のボスであるフランク・コステロとクイーナン警部はネズミたちにカマをかける。BARの密室のカウンターでのジャック・ニコルソンの詰問はおそらくアドリブに違いない。『グッドフェローズ』のジョー・ペシや『ケープ・フィアー』のロバート・デ・ニーロのようなシャレにならないフランクの尋問にも、男はあっさりと口を破ることがない。『ギャング・オブ・ニューヨーク』の時はまだまだ線が細い若者にしか見えなかったレオ様がまるでロバート・デ・ニーロのような肝の座った演技を見せる。市民(citizens)の綴りを正しく書いた移民の男は自分の身分を取り戻そうと一世一代の賭けに出る。オリジナルの『インファナル・アフェア』とはまったく異なるラスト・シーン。今作でマーティン・スコシージは初めてアカデミー賞の頂点に輝いた。

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