【第730回】『ベオウルフ/呪われし勇者』(ロバート・ゼメキス/2007)


 6世紀初頭のデンマーク・コペンハーゲンの宴の席。王妃ウィールソー(ロビン・ライト・ペン)は終始浮かない表情をしながら、宴の主賓として嫌々そこに座る。国王フロースガール(アンソニー・ホプキンス)は新しく築いた城での宴を心から喜んでおり、足元がフラつくようなほろ酔い状態だった。酒を呑みながら、飲めや歌えやの乱痴気騒ぎを繰り返す彼らの平和な空間を突如襲うのは巨大な異形の怪物グレンデル(クリスピン・グローバー)だった。華やかな饗宴の場は一転、恐怖のどん底へと突き落とされる。国王は、怪物を退治したものに黄金の盃をプレゼントし、富と名声を与えると約束すると、ヨーロッパ中から続々と猛者たちが押しかけてきた。しかし、怪物にことごとく打ち負かされて失望が広がる中、勇者ベオウルフ(レイ・ウィンストン)が現れて、怪物退治を宣言する。その筋肉は鍛え上げられ、ウィグラーフ(ブレンダン・グリーソン)ら助平で野蛮な男たちを引き連れたベオウルフは王者としての風格を讃えている。ウィールソーの前で躊躇なく全裸になった野蛮な男の真価が問われる瞬間が早くも訪れる。グレンデルは彼らの寝込みを襲撃するが、勇敢なベオウルフは絶叫しながら殺戮を繰り返す化け物と対峙し、見事に左腕を真っ二つに切り落とす。

 王フロースガールから救世主とされたベオウルフに異議を唱える者が現れる。フロースガールの側近であるアンファース(ジョン・マルコヴィッチ)は彼の英雄伝説の欺瞞を暴き立てるのだが、そもそも国王のフロースガールにとってベオウルフが本当の英雄であるかただの詐欺師であるのかは問題ではない。王妃ウィールソーの言葉からも明らかなように、広大な土地と部下、たくさんの愛人さえも独占した権力者のカラ元気の理由は中盤に開示される。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、マーティの父ジョージ・マクフライを演じたクリスピン・グローヴァーはここでは中世の呪いとされた怪物に成り果て、殺戮を繰り返す彼はただ一人の人物だけは殺さずに生かしておく。グレンデルの母親となったアンジェリーナ・ジョリーの造形は顔以外はCG技術でだいぶ盛っているのだろうが、金色に艶めきただただ憂いを帯びる。豊満な胸、くびれた腰、豊かな臀部を持った緊迫の女は沼地の中からゆっくりと現れ、好色の英雄ベオウルフに淫らな誘いをする。中世に現れたアンジェリーナ・ジョリーはさながらファム・ファタールのように英雄たちを破滅へと導く。その奇跡のような美貌の罠に嵌った英雄は、彼女の息の根を止めたと宣言するが、たった一人国王フロースガールだけは息の根を止められるはずがないと嘯く。これまでの苦労が嘘のような安堵の表情を浮かべ、「もはや私の呪いではない」という言葉を残し、悲しく海へと消え去る。

 今作はデンマークを舞台にした英文学最古の英雄譚として知られるベオウルフの物語を、当時の最先端技術だったモーション・キャプチャ(ゼメキス曰くパフォーマンス・キャプチャ)を駆使して描いた3D映画である。一見豪快な楽天家の盟主に見えた国王フロースガールが抱えていた闇を中盤、一手に背負うことになるベオウルフの豪快さの裏に隠された繊細さと恐怖が見事である。彼は人々に英雄視される天使のような人物ながら、その腹の中にはとぐろ巻くような悪魔の一面を持っている。今作が真に魅力的なのは、イエス・キリストの生誕祭の前日をグレンデルの討伐記念日とする勇者ベオウルフが前王となるフロースガール同様に、悪魔と契りを交わして産ませた子を内外の安定した統治のために征伐することにある。ファム・ファタールな悪魔との黄金の聖杯を媒介にしたオーガズムの瞬間、この世の安定した統治は欲望と引き換えに危険に晒される。旧約聖書『創世記』に記されたアダムとイヴの物語のように、男も女も皆父親ではなく、母親の子宮から生み落とされたという事実は揺るがない。まるで永遠の命を授かったように見えるアンジェリーナ・ジョリー=生命の起源の描写はプリミティブな魅力を讃えている。2017年現在、流石に10年前のCGやモーション・キャプチャ技術には古さも感じさせるが、ラスト30分の落下のイメージの乱れ打ちが文句なしに素晴らしい。

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