【第759回】『オンリー・ゴッド』(ニコラス・ウィンディング・レフン/2013)


 赤みの強いピンク色の煙の中、銀色に光る青龍刀がぬっと姿を表す。歓声のこだまするムエタイ会場の控え室。兄ビリーと共にジムの会長を務めるジュリアン(ライアン・ゴズリング)は、トレーナーにバンデージを巻かれた教え子にそっと一言声をかける。熱狂のリング上、10mほど離れた場所に陣取ったジュリアンは所持無さげにリングの周りをゆっくりと歩く。兄ビリー(トム・バーク)とアイコンタクトを取った男たちは程なくして八百長試合に手を染める。昼間は兄弟仲良くボクシング・ジムを経営しながら、夜はコカインやヘロインの密売という裏稼業に精通するジュリアンの二面性は、『ドライヴ』のシャノンの昼は自動車修理工場で糊口を凌ぎながら、空いた時間には映画のカー・スタントマンとして活躍するが、夜は強盗の逃走を請け負う危険な運転手としての裏の顔を持つ主人公と同工異曲の様相を呈す。昼と夜でまったく様変わりする都市の風景は同じく『ドライヴ』と、ライアン・ゴズリングの初監督作品である『ロスト・リバー』の延長線上にあると言っていい。今作の主人公であるジュリアンも明らかに神経症的な症状を抱える孤独な男に違いない。一切の笑みも見せず、ほとんど採光の余地もない暗がりに漂うように居座るジュリアンは夢遊病的な病の渦中にある。教え子に八百長の対価を支払った後、兄ビリーは弟のジュリアンに向かい、「魔物が現れるぞ」とただ一言だけ呟いて立ち去る。

 タイ・バンコクで夜間撮影された夜の闇の描写があまりにも美しく息を呑む。『ドライヴ』以上に極端に削ぎ落とされた台詞。暗室のような室内の黒に映えるような赤色。『ドライヴ』ではシャノンの病理は結局最後まで明らかにされることはなかったが、やがて中盤以降、ジュリアンの病理の原因は全て明るみに出る。ただ家族の不和という明確な主題を抱えつつも、映画は東洋的(アジア的)な神秘主義を取り込みながら、クライマックスまで不明瞭さを保ち続ける。ライトなライアン・ゴズリング・ファンの失望を招いたチャン(ヴィタヤ・パンスリンガム)の露悪的なカラオケ描写は、ニコラス・ウィンディング・レフンが敬愛して止まないアレハンドロ・ホドロフスキーではなく、デヴィッド・リンチの『ツインピークス』の劣化コピーなんじゃないかと穿って見てしまう。父殺しの犯人はその後見事に男根を去勢され、性的不能者として夢遊病的に夜の街を彷徨い続ける。『ブルー・ベルベット』のようなひと夜の夢の後、椅子に拘束着で縛り付けられ、愛人の自慰行為の一部始終を観察する主人公の造形は心底狂っている。しかしそれ以上に狂っているのは母親のクリスタル(クリスティン・スコット・トーマス)と兄ビリーの尋常ならざる関係に違いない。母親がペニスの大きさで弟の勃起不全を痛めつける様子は、恐らく近親相姦のメタファーに他ならない。

 黒幕は別にいると意味深長な言葉を吐きながら、チャンの存在は誰にも侵犯出来ない絶対的な「神」として振舞いながら、時に天国から現れたジュリアンの代父のようにも思えてならない。再び兄ビリーの強行の場面に話を戻せば、母親の味を知ってしまった男は少女のような歳の女を追い求め、歪んだ性欲を爆発させる。一方でジュリアンがクライマックスに見た少女のイメージは、一貫して大人になれなかったジュリアンと鏡像関係を結び、彼を苦しめる。侵してはいけないラインを踏み越えてしまった兄や母親の悲惨な末路に対し、娘を無残にも殺された父親とジュリアンには少しの猶予が与えられる。前述のライトなライアン・ゴズリング・ファンが今作の不快極まりない内容に激怒するのは十分に理解出来るし、心底不快な暴力描写の連鎖に同情もするが、『ロスト・リバー』にも明らかなように、本来はこのアート路線の方がライアン・ゴズリングの好みだということは割とハッキリしている。しかしいかんせん人間には向き不向きもある 笑。才能のあるライアン・ゴズリングには5本に1本は脇道に逸れたアート系路線でストレスを解消しつつ、残りの4本は是非ともメインストリームの作品の端正な演技に徹して欲しいと切に願わずにはいられない。

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