【第767回】『Sing / シング』(ガース・ジェニングス/2016)

あらすじ・結末に触れていますので、これから観る方はクリックしないで下さい

 イギリスのどこかにある動物だけが暮らす架空の街、かつては栄えていたムーン劇場を眺めながら、コアラのバスター・ムーン(声:マシュー・マコノヒー)はお金の工面に頭を悩ませていた。幼少時代、父親に連れられて初日に観に来た彼は、大スターである羊の歌姫ナナ・ヌードルマン(声:ジェニファー・ソーンダース)の圧倒的な存在感と歌声に雷に打たれたような衝撃を受ける。あれから十数年、すっかり客足が遠のいた劇場。広大な敷地面積にも関わらず、左目が義眼のトカゲのミス・クローリー(声:ガース・ジェニングス)だけを雇うバスター・ムーンの劇場の運転資金はもうすぐ底を尽きようとしていた。金を借りている銀行からの催促、ミュージカルに出演した俳優たちへの賃金未払いなど、様々な問題を抱えるバスター・ムーンは秘密の裏口から劇場を通り、外へ出る。ヴィンテージの自転車にまたがりながら足早に走る中、登場人物たちの音楽への熱い情熱が溢れる。ムーンは一世一代の賭けとして、劇場始まって以来の大掛かりな歌唱オーディションを催すことを決める。だがおっちょこちょいのミス・クローリーのせいで、募集チラシに2ケタ多い優勝賞金額が書かれてしまい、翌朝窓からムーンが見たのは劇場前に並ぶ長蛇の列だった。

 予告編を観て私はてっきりマシュー・マコノヒーやエディ役で初期PTA作品の常連俳優であるジョン・C・ライリーが歌うものだと思っていたのだが、見事に大ハズレだった 笑。動物たちの暮らす街の描写は、イルミネーション・エンターテインメントの最大のライバルであるディズニーの『ズートピア』と同様の設定だが、『ズートピア』以上に動物たちはいかにも人間らしく振る舞う。バスター・ムーンのオーディションを勝ち上がった6人の選ばれし者たちは、ただ一人横柄で傲慢不遜なネズミのマイク(声:セス・マクファーレン)を除いて、それぞれがそれぞれにコンプレックスや問題を抱えている。6人それぞれのコンプレックスを丁寧に紐解いていることには感心したが、問題はそれらの丁寧な書き込みにより場面転換に混乱が生じ、作品そのものが取っ散らかって見えることにある。一つ例に挙げるとすれば、債権者や不払いで追われている主人公バスター・ムーンに対し、マイクもイカサマトランプでヤクザの金をくすねたことで、執拗に組織に追われる羽目になるのだが、ここでは追われるエピソードの混線が生じている。またアッシュ(声:スカーレット・ヨハンソン)は彼氏に振られ、ジョニー(タロン・エガートン)はエディプスコンプレックスを抱える迷える存在なのだが、問題そのものは彼らの自発的な行動であり、相手方がどう受け取ろうがほとんど関心はない。その意味でジョニーが既に歌い終わった後のラスト・ミニッツ・レスキューは物語構造においてまったくの蛇足と言えるだろう。

 このように脚本構造そのものにはやや難ありの物語だが、ムーン劇場を建て直したいバスター・ムーンと6人の音楽への果てなき夢が結び付くクライマックス場面は問答無用に素晴らしい。5組6人のキャラの描き分けはそれぞれの個性的な選曲に結び付く。Sam Smithの『Stay with Me』やJohn Legendの『All of Me』などの近年のソウル・ミュージックの名曲に加え、土壇場でElton Johnの『I'm Still Standing』を持って来る哀しき吟遊詩人であるジョニーの素晴らしさ。25人の子供を抱え、一旦は歌手になる夢を諦めようとしたロジータ(声:リース・ウィザースプーン)に再び火を灯すスーパーマーケットでのGipsy Kingsの『Bamboleo』の恐るべき多幸感。上がり症のミーナ(声:トリー・ケリー)が自らの弱点を克服し歌うStevie Wonderの『Don't You Worry 'Bout a Thing』など前半の駆け足ダイジェスト的な編集に比べ、後半は豪華俳優陣の歌声にしっかりと時間を割いている。個人的にはまったく期待していなかったQueen and David Bowieの『Under Pressure』がスクリーンの大画面で流れた時は至福の時間だった。選曲に関してはかなり個人差はあるだろうが、108分の間に実に60曲以上の楽曲が流れるので、多少の脱線はあれど飽きることがない。あらためて音楽の素晴らしさに想いを馳せるウェルメイドな1本になっている。
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