【第770回】『世界にひとつのプレイブック』(デヴィッド・O・ラッセル/2012)


 カレル精神病院の病棟、ノックで何度も催促されるパットリック・ソリターノ・ジュニア(ブラッドレイ・クーパー)は、愛する妻ニッキ(ブレア・ビー)へ着くはずのない手紙を何度も読み上げていた。雑然とした室内、壁に貼られたEXLELCIOR(より高く)の文字。自殺する道具を持っていないか身体検査の後、躁鬱病のクスリを医者に処方されるが、パットは口に入ったカプセルを見てないところで吐き捨てる。複数名による体験会、肥満だった身体の肉が落ち、すっかり痩せた男はその後も筋トレを欠かさない。屋外で筋トレをしている最中、男の背中に誰かの手が伸びる。パットの母親であるドロレス・ソリターノ(ジャッキー・ウィーヴァー)は家族には内緒で、8ヶ月にも及んだパットの入院生活に終止符を打つ。帰りの車中、もう一人乗せたい人物がいると母親に言ったパットはレントゲン技師で不安神経症だったダニー・マクダニエルズ(クリス・タッカー)を後部座席に乗せるも彼に退院許可など降りていない。母ドロレスは自分の過保護さを恥じるも、息子の姿に申し訳なさが隠せない。パトリツィオ・ソリターノ・シニア(ロバート・デ・ニーロ)との再会の場面、フィラデルフィア・イーグルスの中心選手デショーン・ジャクソン(現在はワシントン・レッドスキンズに所属)の話で盛り上がる父親は息子の退院に懐疑的な様子を隠さない。その夜、両親にニッキと自分との愛は本物だからと自信満々に語るパットの様子は明らかに双極性障害が完治していない。翌朝彼は黒のゴミ袋を上半身に纏いながら、日課のジョギングへと向かう。

 パットはクリフ・パテル医師(アヌパム・カー)から処方された薬を拒否し、専ら肉体を鍛えることで精神をコントロールしようとしているが、その行動は明らかにキチガイじみている。ヘミングウェイの『武器よさらば』のクライマックスに突然怒り狂い、午前4時に憤りの理由を両親に熱っぽく語る男の姿はまだまだ現世に出すのは早過ぎるのだが、両親はパットの病理をまるで腫れ物に触れるかのようにビクビクしながら扱う。彼の父親はこの8ヶ月の間に失職し、今はもともと熱狂的なファンだったフィラデルフィア・イーグルスのノミ屋で生計を立て、いずれはチーズ・ステーキの店を建てようと野心を抱く。息子の躁鬱を抑えようと、過干渉な母と破天荒な父(突然キレるのは父親譲り)の元で暮らすパットは明らかに症状が改善する環境には見えないが、近所に住む唯一無二の親友ロニー(ジョン・オーティス)とその妻ヴェロニカ(ジュリア・スタイルズ)との食事会で思わぬ出会いを果たす。胸元の開いたラフな服装、10本の指に真っ黒なマニキュアを塗り、姉にダンスが得意なのと褒められた妹ティファニー・マクスウェル(ジェニファー・ローレンス)は不愉快な表情を浮かべる。警察官だった彼女の夫は死に、未亡人となった女はパットと躁鬱病の薬の話で盛り上がる。リチウム、セロクエル、エビリファイ、ザナックス、クロノピン、トラゾドン。数々のクスリを試してきたパットへティファニーは満更でもない素振りを見せる。夫を亡くしたショックからセックス依存症となり、11人もの職場の同僚たちと関係を持ったティファニーは手慣れた色仕掛けでパットを誘うが、ニッキへの思いが強い男は彼女の誘いを固辞し、君とニッキでは住む世界が違うと断言する。

 今作で心打たれるのはパット家の様子よりも、彼を心底愛してしまったティファニーの一途な気持ちに他ならない。女は朝のジョギングに待ち伏せし、ハロウィンの日の7時30分に待ち合わせをするが、ディナーの席ではレーズン・ブランだけを食し、彼女は自身の尊厳を著しく踏み躙られる。それでもティファニーはダンス大会のパートナーに、まったくのダンス初心者であるパットを指名する。彼女の両親が母屋で過ごすのに対し、離れに引っ込むティファニーの描写はクレイグ・ガレスピーの『ラースと、その彼女』同様である。ティファニーはそこに全面鏡張りの部屋を作り、連日連夜パットを鼓舞し、練習に招く。父親はその行動を怪しみ、息子にフィラデルフィア・イーグルスの幸運の救世主になるよう誘惑するのだが、ロバート・デニーロに対峙するジェニファー・ローレンスのあまりにも堂々とした姿勢に唖然とさせられる。彼女の情熱に絆されたのか、シニアは興行主とあまりにも危険な賭けを取り決める。家族の行く末を心配するパットはその姿に及び腰になるが、強い運命の力にまずはティファニーが乗り、その姿にシニアは息子と自分の人生を100%ベット(心中)する。パットが愛した妻の残像を演じて来たヒロインは、姉夫婦の要らぬお節介に心を惑わす。ウォッカ2杯を勢いで呑んだティファニーが、果たしてあの動きが出来るのかという疑問は拭えないが 笑、心底満ち足りた表情を浮かべたヒロインの視線をパットが素通りし、ニッキへと向かうのを確認するクライマックスが残酷で容赦ない。ティファニーはニッキを自作自演した罪悪感よりも、愛する人を奪われた喪失感に苛まれる。クライマックスの夜道の場面は何度観ても涙腺が緩む2000年代屈指の名場面に違いない。

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