【第773回】『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(モルテン・ティルドゥム/2014)


 1951年イギリス・マンチェスター、数学者アラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)は幽閉された部屋の中で刑事の尋問を受けている。その前日、窓ガラスを割られ、窃盗被害に遭ったチューリングの部屋をロバート・ノック刑事(ロリー・キニア)が尋ねる。何も盗まれていないと言い張る風変わりな大学教授、リビングには異様に物々しい機械が置かれ、ノックはチューリングに話しかける。マスクをしながら、床を吹いて回る男は刑事の方を振り向き、もっと偉い人が来るのかと思ったと残念そうな表情で語る。純度の高い青酸カリが飛び散っているため、深く息を吸い込むなと言われた2人の刑事は、被害届けも出さない被害者の言葉を真に受け、一旦は帰路に着く。その日は猛烈な雨が降っていた。1939年、ヒトラー政権のポーランド侵攻の後、ようやく大英帝国はチェンバレンを更迭し、ウィンストン・チャーチルを首相に任命し、第二次世界大戦へとなだれ込む。子供たち約80万人が集団疎開する物々しい列車の隊列に乗り込んだチューニングは、 バッキンガムシャーミルトン・キーンズ ブレッチリーにあった政府暗号学校へと向かう。噛み合わないアラステア・デニストン中佐(チャールズ・ダンス)との面接の後、エニグマという忌々しい暗号を挑発的に吐いた男はMI6と英国軍の特殊任務の最深部へ潜り込む。

 前作『ヘッドハンター』同様に今作の主人公も一風変わった男に他ならない。ヒュー・アレグザンダー(マシュー・グッド)、ジョン・ケアンクロス(アレン・リーチ)、ピーター・ヒルトン(マシュー・ビアード)、キース・ファーマン、チャールズ・リチャーズとともにナチスの暗号機エニグマの解読に挑むチームを結成したものの、チューリングのその後の活動は明らかに協調性を欠き、しばしば仲間たちを罵り、暗号解読装置「クリストファー」の設計に異様に没頭する。デニストンが装置の組立資金拠出を拒否すると、常軌を逸した男の行動は時の首相であるウィンストン・チャーチルに10万ポンドもの支援を強請ることになる。当時としては破格の要求にも、政情不安に襲われた大英帝国の最高責任者は、ナチスの暗号機エニグマの解読のために全額援助する。彼らに与えられる時間は午前6時にデータがリセットされたところから、翌日の深夜0時まで。16時間の猶予の間にドイツ軍の暗号解読が出来なかった場合、無情にも暗号情報はセキュリティにリセットされ、彼らの計算式は全て無駄になる。一際優秀で、エリート主義の権化のようなアラン・チューリングはチャーチル首相に与えられた最高責任者としての立場を利用し、キース・ファーマン、チャールズ・リチャーズの首を切る。あまりにも冷徹な男は、新聞広告に載せたクロスワード・パズルで新たな人材の確保に躍起になる。僅か数分間の遅刻の後、係員に止められたのは信じられないことにケンブリッジ大学の卒業生ジョーン・クラーク(キーラ・ナイトレイ)という女性だった。

 『ヘッドハンター』同様に不器用で社交性に欠ける男の欠点を補うのは、社交性に長けたヒロインの存在に違いない。画廊を経営し、あらゆる男たちに好意を向けられたダイアナ・ブラウン(シヌーヴ・マコディ・ルンド)同様に、夜な夜な暗号解読に励む4人の精鋭たちは美人のヒロインの登場にうっかり心を奪われる。母的な役割を一手に受け持つジョーンの登場は、ささくれ立った4人の男たちの関係を円滑に機能させ、心底険悪だったチューリングとヒューの間をも優しく包み込む。前半の1時間は過去と現在の描写が複雑に混じり合い明らかに凡庸で、アラン・チューリングの人となりを知るには駆け足で幾分混乱して見えるものの、ラスト50分、アラン・チューリングの隠していた秘密が明るみに出た時、物語は途端にキラキラと輝き始める。『ヘッドハンター』の主人公ロジャーが妻を引き止めたいがために行ってきた夜の稼業とエディプス・エレクトラコンプレックスをひた隠しにしたように、チューリングは国家の天命を円滑に進めるために必要だった救世主に対し、自身の秘密を言い出せないまま、女の幸せを餌に引き止める。若き日にいじめられっ子だったチューリング(アレックス・ローサー)は、友人クリストファー・モーコム(ジャック・バノン)に助け出され、彼の誘いで次第に暗号解読の世界にのめりこんでいく。思春期のキズを治癒させたBLのような魅惑の文字列はやがてチューリングを第二次世界大戦の惨禍に引きずり込む。彼らの非公式な活動はやがて亡くなるはずだった数千万人の人々を救い出すが、救世主には心底残酷な結末が待ち構える。祖国を救った沈黙の英雄は皮肉にも、祖国の前時代的な法律の前で雁字搦めになる。クライマックス15分の展開は何度観ても涙腺が緩む。キーラ・ナイトレイの華やかなヒロイン像も印象的だが、今作ではそれ以上にベネディクト・カンバーバッチの苦悩を抱えた存在感が圧倒的に素晴らしく息を呑む。

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