【第774回】『パッセンジャー』(モルテン・ティルドゥム/2016)

あらすじ・結末に触れていますので、これから観る方はクリックしないで下さい

 広大な宇宙、回転する車輪のような形状をした豪華宇宙船アヴァロン号は、ゆっくりとした速度で惑星ホームステッドⅡへ向かっている。静まり返る室内には人の気配がない。21世紀、地球人は新たな居住地を求め、ホームステッドⅡへの移住を決める。集められた5000人の移住希望者と258人のクルーたちは、ホームステッドⅡへ着くまでの120年間、カプセルの中に入って冬眠しその時を待っている。時々隕石が衝突し、機体は地割れのような大きな揺れを見せるが、彼らは誰一人として目覚めることはない。ところがロウワー・デッキに眠っていたエンジニアのジム・プレストン(クリス・プラット)だけが冬眠用カプセルの故障により突如目覚めてしまう。肩に打ち込まれた栄養注射、やがて目の前のモニターが親しげに話しかける。男は水分を取り、自分の顔を鏡で見つめた後、スーツに袖を通す。5000人の男女が目覚めた高揚感からジムはソワソワするが、どの部屋にもに人の気配すらない。AIに問いかけるも、冬眠カプセルが壊れたことはないの一点張りだが、男はひょんなことから予定よりも90年早い30年の冬眠で急に目覚めたことが明らかになる。5258名が眠る豪華客船の中で男はたった1人、眠りから覚め絶望的な状況の中で日々を生きる。今作ではまるでアルフォンソ・キュアロンの『ゼロ・グラビティ』やリドリー・スコットの『オデッセイ』の主人公の孤独な物語を真っ先に想起する物語が序盤展開する。

 『ヘッドハンター』はクライム・サスペンス、『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』では戦争映画の裏にある実在の人物を元にした伝記映画、今作『パッセンジャー』はSF映画と1作毎に大胆に作風を変化させて来たモルテン・ティルドゥムだが、主人公がヒロインへのコンプレックスから重大な嘘を付くという通奏低音となる明確な主題はぶれることがない。『ヘッドハンター』では身長168cmの主人公が長身モデルのように魅力的な妻を引き止め、エディプス・エレクトラコンプレックスの強い妄執に囚われる過去から逃れようと妻に重大な嘘を付く。『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』では仲間たちとの円滑なコミュニケーションと暗号解読の切り札であるジョーン・クラーク(キーラ・ナイトレイ)を繫ぎ止めるために、主人公はある大きな嘘を付く。今作も突然目覚めてしまった2人にはある秘密があることが明らかにされる。『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』ではラスト50分のところであっと驚くような物語の構想的転換が見られたが、今作でもちょうど同じような分量のところで事件は起こる。モルテン・ティルドゥムの3本の物語に共通するのは、主人公のヒロインに対する過剰なコンプレックスに他ならない。今作でも低所得者向けのロウワー・デッキの乗客であるジムに対し、父親も作家である上流階級育ちのオーロラ(ジェニファー・ローレンス)はゴールドクラスの船室の客に違いない。

 実際に演じる役者同士はクリス・プラットが37歳なのに対し、1990年生まれのジェニファー・ローレンスは26歳と若いが、2人の関係性は見事に逆転している。都会育ちのインテリ層のヒロインと、田舎の技術者上がりのジムとでは住む世界のレイヤーがまるで違うが、人間が2人だけしかいない世界で半ば必然的に愛し合う。まるでロビンソン・クルーソーのような過酷な体験をしたジムは、『眠れる森の美女』のオーロラ姫のようなヒロインを永遠の眠りから救い出すが、そこから先は2人に葛藤が待ち構える。つり橋効果により意気投合した男女は未来を意識し始めるが、神の真似事をした主人公の悪事が明らかになる時、当たり前の幸せを打ち破らんとする外部からの圧力に晒される。今作はSFをモチーフとした男女のロマンスでありながら、起こり得る事象は現代の男女に起こる問題と何ら変わりない。孤独に耐えられず、生身の女に狂信的な愛情を抱く男と、生涯の伴侶よりもひたすら自身の才能に賭ける女とでは未来のビジョンがあまりにも違い過ぎる。『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』の前半部分の過去と現代の入り混じった構造上の失敗を反省してか、モルテン・ティルドゥムは今作では回想シーンを一切入れていない(僅かにオーロラが惜別パーテイの映像をスマフォで見るのみ)。そもそも誰か1人の冬眠を破ることが出来る滅茶苦茶な設定と、クライマックスの蘇生システムがあれば乗組員チーフであるガス・マンキューゾ(ローレンス・フィッシュバーン)をも救えたんじゃないかという疑問は拭えないが 笑、女の尊厳を著しく踏み躙った主人公に対し、オーロラはどこまでも情に厚く優しい。前半のクリス・プラットの独演会に対し、後半のジェニファー・ローレンスの人間力と母性にやられる。
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