【第782回】『はじまりへの旅』(マット・ロス/2016)

あらすじ・結末に触れていますので、これから観る方はクリックしないで下さい

 アメリカ北西部の大森林、木々が鬱蒼と生い茂り、いかにもマイナス・イオンが出ていそうな山奥に彼らは暮らす。電気やガス、水道はおろか、携帯の電波やお風呂など、現代生活に必要なインフラは何一つない。アメリカ広しと言えどもここまで劣悪な環境は見たことがないような未開な地で、家族は自給自足のサバイバル生活を送っている。観始めた時点ではこれは原始時代の物語なのかと考えたが、現代の物語だと知って唖然とした。父親ベン・キャッシュ(ヴィゴ・モーテンセン)は男手一つで3人の男の子と女の子、総勢6人の子供をこの地で育てている。まるで軍隊の長のようなベンの統率力に見事に呼応する子供たちの姿。野生のシカの急所を突き、見事に仕留めた長男ボゥドヴァン“ボゥ”キャッシュ(ジョージ・マッケイ)は冒頭、通過儀礼のような少年から成人へのイニシエーションを済ませる。父親に全肯定されたボゥは満ち足りた表情を浮かべながらも、後に内面に大きな成長が待ち構える。長男ボゥに比べれば出番は少ないが、今作ではボゥよりもむしろ次男のレリアン・キャッシュ(ニコラス・ハミルトン)の方が印象に残る。キーラー(サマンサ・アイラー)やヴェスパー(アナリス・バッソ)という双子の姉、サージ(シュリー・クルックス)やナイ(チャーリー・ショットウェル)ら一見賑やかな子供たちに囲まれているが、この6人兄弟の描写は率直に言ってもっとシンプルでに間引いていい。裏付けとなるのは焚き火をし、静寂の中で行われる読書会の光景で、次男レリアンが読むドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』に他ならない。

 今作をシリアスな作品と見るかそれともコメディと見るかではまるで評価が分かれる。軍隊のリーダーのように振る舞う絶対的な父性に対し、絶対服従の下の子たちとは違い、長男のボゥト次男のレリアンは一貫してエディプス・コンプレックスを抱えている。長男は絶対的な越えられない壁である父親に畏怖の念を抱き、逆に家族という集合体を過度なバイアスで判断しない次男は父親の態度に反発を強める。弁証法的唯物論や権利章典、ヴィクトル・ユーゴーやレオン・トロツキー、カール・マルクスなど政治・哲学に話題が及ぶキーワードの羅列はなかなかインテリ層以外には感情移入しにくいものの、「父親殺し」を主題としたドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の映画的変奏だと思えばわかりやすい。指が岩肌を噛まずに滑り落ちたレリアンはその勢いで岩山に衝突し、手の甲を痛める。奇妙奇天烈な父親の言動や行動に反発を抱いていたレリアンの中で何かが音を立てて崩れ落ちるのは母親レスリー(トリン・ミラー)の自殺に他ならない。まるでコッポラの『地獄の黙示録』やヘルツォークの『フィッツカラルド』、ピーター・ウィアーの『モスキート・コースト』の逆張りに見える物語は母親の死を媒介とし、未開の地に住む7人家族がニュー・メキシコへのおよそ2400㎞の道程を目指すロード・ムーヴィーへと様変わりする。凡庸に見えた前半を終え、彼ら7人がグローバル経済の中に放り込まれる後半部分になると、物語は突然輝きを帯び始め、『リトル・ミス・サンシャイン』のような既視感を覚える。

 ノーム・チョムスキーのために罪を犯す家族の描写は流石に笑えないが、ジョン・レノンの『Power To the Peole』の一節「人民に力を、権力にノーを」を家訓とする一家の反骨心は、下山した時点でグローバル経済に晒される。『カラマーゾフの兄弟』ばりのエディプス・コンプレックスを主題とした物語は、子供たちにとって絶対的な父性である父親ベン・キャッシュに対し、第二次世界大戦期を生き抜いたレスリーの父親であるジャック(フランク・ランジェラ)と三すくみの状態になるクライマックスの構図がある意味微笑ましい。今作で父親がグローバリズムに背を向け、急速にカルト化した理由は最後まで明かされることはないが、絶対的父性を演じた俳優であるヴィゴ・モーテンセンは1958年生まれの58歳であり、第二次世界大戦はおろかヴェトナム戦争やヒッピー・ムーブメントの時代も体験していない。出自の部分で大変謎の多い人物であるし、80年代に一通りやり尽くされたはずの消費社会批判に新味はない。親子三代に渡るエディプス・コンプレックスの主題はもう少しシンプルに演出すべきだし、妹夫婦との場面も正義と悪の構図があまりにも図式的なきらいはある。子供たちにももう少し等身大の言葉を喋らせる自由な余白は欲しい気もしたが、明らかに常軌を逸したヴィゴ・モーテンセンが最愛の人の死を経て、そして父になる様子は何とも言い難いような不器用な魅力を誇る。エンド・ロールのBOB DYLANの『I Shall Be Released』のカヴァーは真っ先にヴィゴ・モーテンセンの出世作となったショーン・ペンの監督デビュー作である『インディアン・ランナー』を想起せずにはいられない。ヴィゴ・モーテンセンの20年に及ぶフィルモグラフィを見守って来た者とすれば、胸が熱くなる映画である。
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