【第789回】『T2 トレインスポッティング』(ダニー・ボイル/2017)

あらすじ・結末に触れていますので、これから観る方はクリックしないで下さい

 何と21年ぶりの同窓会となる『トレインスポッティング』のオリジナル・キャスト総登場による正当なる続編。マーク・レントン(ユアン・マクレガー)、スパッド(ユエン・ブレムナー)、シック・ボーイことサイモン(ジョニー・リー・ミラー)、ベグビー(ロバート・カーライル)の4人があれから20年の歳月を生きていたことも相当な奇跡だが 笑、ここまで同窓会らしい多幸感の欠片もない再会の場面も珍しい。レントンの実の父親との再会も、本来ならばもっと感動的にドラマチックにすべきダイアン(ケリー・マクドナルド)との再会の場面さえも、ダニー・ボイルは一切の私情を交えようとしない。21年の時の流れはヘロイン中毒のジャンキーたちを立派な中年に変え、ある者は頭頂部が薄くなり、またある者はビール腹でウエストが膨らみ、またある者はおデコに常にシワが入る。ダニー・ボイルとアンソニー・ドッド・マントルは彼らの映されたくない老いをあえてクローズ・アップ・ショットで据え、若者から中年へと変遷する21年の年月の経過を隠そうとしない。それどころか前作では緩やかな連帯に見えたヘロイン中毒者たちの物語を、まるで『ゴッド・ファーザー』のような断ち切り難いファミリー・ストーリーとして紡ぐ。アヴァン・タイトルに流れた9歳の頃の庭先での何気ないフットボールの場面はその証左に他ならない。順調に見えた4人の人生は21年前、何かの弾みで決定的にすれ違う。故郷を捨て、新天地へと思いを馳せた主人公の姿は皮肉にもグローバル化された2000年代に照準を合わせている。

 強烈な臭気に襲われる親友との最低最悪の再会場面にも明らかなように、今作は運命を違えてしまった4人の残酷なまでのレイヤーの差異を明らかにする。故郷エディンバラを外れ、アムステルダムで最愛の妻と1姫2太郎に囲まれる主人公の幸福は、一番遠く離れた街でもグラスゴーやロンドンにしか出たことがないツキに見放された男たちにとって憎悪の対象でしかない。しかし何度もの逡巡と葛藤の末、かつての親友との関係性を再構築し始めたスパッドやサイモンとは対象的に、ベグビーだけは21年前の出来事を水に流そうとしない。アーヴィン・ウェルシュの原作から大幅に改変した物語は、レントンとベグビーとを同じ痛みの感覚で紡ぐ。ジムのランニング・マシーンから逸脱したレントンの痛みが、刑務所でレバーに太針を突き刺されたベグビーの痛みに呼応する。Iggy Popの『Lust for Life』に針を落とせないレントンの暗い暗い病巣は深刻な勃起不全に晒されるベグビーにまたもや呼応する。カルトン・ロードを歩くスパッドが21年前の場面を走馬灯のように思い出す場面辺りからうっかり涙腺が緩む。21年前の出来事をあっさりと忘れることの出来なかった彼らは、やがて訪れるレントンの帰還を内心心待ちにしている。レントン、スパッド、サイモンの汚れたトライアングルに割って入るのは、ここでは図式通りのダイアンではなく、ブルガリア生まれでスコットランド・エディンバラに東欧から出稼ぎに来た移民の少女ヴェロニカ(アンジェラ・ネディヤルコヴァ)に他ならない。彼女は外貨を稼ごうと底辺社会で必死に働く最中、サイモンの危険な貧困ビジネスに絡め取られている。
 
 21年前の『トレインスポッティング』において、ダイアンによりイギー・ポップはジギー・ポップに間違えられ、家に篭りヘロインばかりやっているジャンキーたちは変わり行く社会において変わることが出来ないエディンバラの最下層の若者の姿を体現した。時代はOASIS vs Blurのブリット・ポップが社会現象になり、マンUにデヴィッド・ベッカムという世紀のスターが誕生し、国民的アイドル・グループであるスパイスガールズの誕生前夜だった。好景気の波に乗る90年代の大英帝国は「クール・ブリタニア」とも呼ばれ、世界のトレンドを席巻した。あれから21年が経過し、ブリット・ポップ・ブームはすっかり終焉を迎え、サッカーW杯も90年のベスト4を頂点に、その後は予選敗退を含む最高ベスト8に甘んじている。IT革命やオリンピック特需などの時代のトレンドにも乗れなかった負け犬たちは、エディンバラの最下層に佇み、奇跡のような夢を欲している。まさに中年の危機に直面する男たちの物語は、便宜上はユアン・マクレガーを主人公にしながらも、実際は4人のアンサンブル・プレイの物語を均等に据える。かつてヘロインに依存していた(今も依存している大馬鹿者がいるが・・・)レントンはSNSやITネットワークに依存する若者たちをかつての自分たちと等価に据える。愛すべきダメ人間たちの物語は、父を失った息子たちが草食化し、Brexit後の未来でひたすら安定志向になるのに対し、ただひたすら生々しく時代に抗おうとする。

 再び今作の冒頭部分を思い出せば、故郷に帰国したレントンを待っていたのはスロベニア人の歓待に他ならない。3人の男たちを治癒させるのはかつてのダイアンのようなエディンバラの中学生ではなく、東欧ブルガリアから英国よりも安いエディンバラに出稼ぎで移住して来た女性である。TOWER RECORDSやHMVはとうの昔に潰れ、IT革命やEUの急速なグローバリズムにも溢れ落ち、従来のビジネス・モデルで露頭に迷う男たちは、ヘロイン中毒よりもよりリアルで深刻な問題を抱えている。73年の石油危機、74年の労働運動を饒舌に語るレントンの言葉は大英帝国の近・現代史を正確に据える。貧困に喘ぐレントンとサイモンがスーツ姿で破れかぶれの賭けに挑んだEUファンドは、Brexit後のイギリスにもスコットランドにもまったく無縁の代物である。17世紀末のカトリックの歴史を紐解きながら、主人公たちが犯罪を犯す様子はBrexit賛成派への徹底した違和に他ならない。フランク・ロッダムの『さらば青春の光』を撮影したブライアン・テュファーノによるマテリアルにスタンプやSNOWなどのスマフォ・アプリを施し、無理矢理に復元した感度が良い映像マテリアルは過去と現在とをシームレスに繋ぎ、トイレという現実的なモチーフに4人を連れ戻す。アムステルダムから故郷へ戻った主人公の代わりに、今度はヒロインが遠い東欧の祖国への帰国を決める。ダニー・ボイルは今作の撮影中にBrexitの情報を得るが、20年後を正しく描写しようとした物語は、悲観すべき大英帝国の20年後の未来をはっきりと見据えてもいる。「未来を選べ」という問いは、EU離脱が決まった現在では雌雄が決してしまったかに思えるものの、彼らは決して現状に屈しない。地に足のついたダメ男たちの現状認識と、真に幸福な同窓会の後の心底現実的な光景に、管理人は20年後の負け犬たちの逆襲を期待して止まない。心底絶望的な展開においても、リアルタイムでオリジナルを浴びるように観た世代にとっては、とめどなく涙腺が緩んだ懐かしくも美しい名作に違いない。
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