【第803回】『バーニング・オーシャン』(ピーター・バーグ/2016)

あらすじ・結末に触れていますので、これから観る方はクリックしないで下さい

 2010年4月20日、早朝5時11分。目覚ましの音で現実に引き戻されたかのように夫婦は目覚める。今日から3週間もの間、出張に出なければならないマイク・ウィリアムズ(マーク・ウォールバーグ)は束の間、妻のフェリシア・ウィリアムズ(ケイト・ハドソン)と愛し合う。朝食の席、幼い娘は弟が欲しいから呼びに来なかったと可愛げのないジョークを言う。いかにも幸せそうな核家族の光景。娘は学校の宿題で父親の仕事を誇らし気に誇張気味に伝える。しかしこの平和な光景は幾つもの不吉な予兆に最初から覆われている。逆さまにしたコーラの缶から吹き出た炭酸水、アンドレア・フレイタス(ジーナ・ロドリゲス)のエンストした車の排気孔から2,3度出た爆発音、マイクの上司であり、掘削施設主任ジミー・ハレル(カート・ラッセル)の目の前に座ったBP社の役員のマゼンタ色のネクタイなど、幾つもの不穏な予兆とノイズだらけの不協和音、何より地中深くからグツグツと燃えたぎるような石油のマグマがやがて火を噴き、最悪の事態になることを126人もの船員たちは誰も予期していない。

 今作は「真実に基づく物語」ならぬ「事実に基づく物語」である。真実に基づく物語が起きた出来事をリアリティをもって描き「主観」で書き起こしたものだとすれば、事実に基づく物語とは「客観」で描かれた当事者と部外者の距離を取った温度差のあるノンフィクションに他ならない。監督のピーター・バーグと主演のマーク・ウォールバーグの視線は当事者性を極端に排し、ひたすら客観的な事実に基づいたfactの積み重ねで部外者として、物事の核心を炙り出そうとする。『ハンコック』や『バトルシップ』等の大味な大作によって、不本意にもハリウッドでの地位を確立したピーター・バーグは、奇しくもマーク・ウォールバーグを主演に起用した『ローン・サバイバー』や今作、この後公開予定の『パトリオット・デイ』において、事実の集積によって人間の勇気と精神力が試される映画を三たび撮っている。その尋常ならざるドキュメンタリー・タッチの部外者性の感触は、『マネーボール』や『フォックスキャッチャー』のベネット・ミラーと双璧を成す。実物の80%のスケールで実際に建設された「ディープウォーター・ホライゾン」の造形の圧倒的な素晴らしさ、それを360°ヘリコプターで据えた空撮場面のダイナミズムが息を呑む。マイクとジミー、アンドレアはアメリカとメキシコとの国境沿いにあるルイジアナ州ニューオリンズ近くにあるメキシコ湾を上空からヘリで眺めた時から、「ディープウォーター・ホライゾン」と「デーモン・バンクストン」との奇妙な距離に首を傾げる。

 事故を起こした「ディープウォーター・ホライズン」は自動船位保持装置を備えた半潜水式(セミサブマーシブル)の石油プラットフォームで、海に浮きながら自動で位置を調節し、大水深の海底から石油を掘削することが可能だった。1998年末から韓国蔚山の現代重工業が建造し、R&Bファルコンがトランスオーシャンによって買収されたことにより、2001年2月にトランスオーシャン社に譲渡された。以来、イギリスの石油会社BPとの契約の下で、メキシコ湾岸油田の様々な鉱区で石油掘削を行ってきた。ジミー・ハレルは掘削施設主任の任務を付与されているが、工員たちや施設の安全を重んじるあまり、実際は40数日間の作業の遅延を生み出してしまう。そこで効率を重視するBP社はドナルド・ヴィドリン(ジョン・マルコヴィッチ)を派遣する。心底嫌味なクソ野郎であるジョン・マルコヴィッチと、工員126名の命を預かる下請け会社の管理職であるカート・ラッセルの火花散る話し合いが中盤以降の白熱する展開の素地を作る。オールド世代には『大空港』や『ポセイドン・アドベンチャー』、『タワーリング・インフェルノ』を思わず想起せずにはいられないパニック映画(←死語)の最新系は、オリバー・ストーンの『ワールド・トレード・センター』やポール・グリーングラス『ユナイテッド93』以降のディザスター映画としての本質を明らかにする。その手癖は直近のクリント・イーストウッドの『アメリカン・スナイパー』や『ハドソン川の奇跡』とも非常に近い。
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