【第820回】『ハプニング』(M・ナイト・シャマラン/2008)


 朝8時33分のニューヨーク、セントラル・パーク。ジョギングや散歩をする優雅な人々以上に、ベンチで本を読み幸せな時を過ごす女友達2人組。1日の始まりを贅沢に迎えるNYの人々の行動に突如異変が生じる。突然、公園内にいる全ての人物は時が止まったかのようにフリーズする。女性は異変に気付き、隣に座る女性に話しかけるが、彼女はそっと後ろ髪の中から髪留めを引っこ抜くと、自らの首に突き刺し自死する。それからおよそ20分後の工事現場、朝から現場作業に勤しむ労働者たちは他愛もない世間話に興じるが、次の瞬間、マッケンジーが足場から落っこちて即死する。重力に身を任せるようなドスンという鈍い音。労働者たちは事態を呑み込めずに呆然と立ち尽くすが、今度は反対側にデイヴィスが落下する。恐る恐る空を見上げると、足場の闌干から男たちが躊躇なく飛び降りる衝撃的なショットが顔を出す。午前9時台の科学教室、科学教師エリオット(マーク・ウォルバーグ)は、15歳のジェイクが科学に興味を持たないことの無気力さをシニカルなユーモアを交えながら説明する。突然のムーア教頭の来訪により、一箇所に集められた教師たちは、校長先生からセントラル・パークで起きたテロ事件を初めて聞かされる。同僚で親友の数学教師ジュリアン(ジョン・レグイザモ)に、一緒にフィラデルフィアに逃げようと誘われたエリオットは、気持ちがすれ違い気味の妻アルマ(ズーイー・デシャネル)との逃亡に憂鬱な気持ちになる。

 何気ない日常を過ごしていたはずの登場人物たちが突如、世界の終わりに立ち会う展開は、H・G・ウェルズのSF小説を映画化したスティーブン・スピルバーグの2005年の『宇宙戦争』、スティーヴン・キングの1980年の中編小説『霧』を原作としたフランク・ダラボンの2007年作『ミスト』、そして2000年代の真の傑作とも評されるマット・リーヴスの2008年作『クローバーフィールド/HAKAISHA』とも極めて親和性が高い。先行した『宇宙戦争』を除けば、奇しくもほとんど同時期に作られた今作と『ミスト』、『クローバーフィールド/HAKAISHA』の物語はそれぞれの作家性の差異を明らかにする。親友の最初から上手く行くはずがなかったんだという言葉に、エリオットは更に落ち込む。男は15歳でモテ男のジェイクに対し、科学に興味を持たなければ時の流れには逆らえないぞと脅すような口ぶりを見せるが、当の本人のオスとしての機能は最初から去勢されている。その意味で今作の主人公は、まさにレイ・フェリエ(トム・クルーズ)に非常に似通っている。妻ジュリアンの携帯に届いた「JOEY」の文字。親友に託された幼き少女ジェス(アシュリー・サンチェス)の姿。エリオットはかつて愛した妻と、親友の娘という2人の女を守りながら、終わりの見えない逃避行を繰り広げる。相変わらず物語の伏線を張ることに天才的な冴えを見せるM・ナイト・シャマランの周辺描写は実に完璧で細部に渡るまで抜かりない。

 前半部分の冴えは真に斬新なステディカムで撮られた傑作『クローバーフィールド/HAKAISHA』とはまた違う職人的な魅力を放ちながら、シャマラン復活を強烈に印象づけた。前半部分で散々、今作のルールや定義を懇切丁寧に観客に提示した後、植物学者(フランク・コリソン)とロジカルに冷静さを保って逃げたはずの主人公は、やがて世界の終わりよりも怖いミニマムでプリミティブな恐怖に出会ってしまう 笑。今思えば今作のキチガイおばさんの描写が、後に『ヴィジット』でようやく花開く。『ミスト』や『クローバーフィールド/HAKAISHA』ら親和性の高い物語との決定的な差異は、登場人物たちの死のあまりにもリアルな残酷描写に尽きる。ゴリゴリのナショナリストに至近距離から撃ち殺される少年たちの描写にも思わず面食らったが、一番ショッキングだったのは、芝刈り機に轢かれて自死する名もなき人物をロング・ショットで据えた一瞬の描写に違いない 笑。再び起用した『羊たちの沈黙』のカメラマンとしても知られる日系2世のタク・フジモトの手付きは、やはりシャマランの紡ぐミニマムなホラー、サスペンスとは抜群に相性が良い。

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