【第826回】『灼熱の魂』(ドゥニ・ヴィルヌーヴ/2010)


 1本のヤシの木が伸びたパレスチナの砂漠地帯、1列に並ばされた年端も行かない子供たちはバリカンで坊主にされている。Radioheadの『You and Whose Army?』の物悲しいメロディが流れ、踵に3つの黒丸タトゥーを入れられた少年はどこか寂しそうな目で外の様子を見つめている。場面は変わり、カナダ・ケベック。どこか風変わりだった母親ナワル・マルワン(ルブナ・アザバル)を亡くした双子の姉弟ジャンヌ・マルワン(メリッサ・デゾルモー=プーラン)とシモン・マルワン(マクシム・ゴーデット)は母親が15年間もの長き間、秘書を務めた会社のオーナーであり、公証人でもあるジャン・ルベル(レミ・ジラール)から母親ナワルからの遺言を受け取る。開封される遺言状、死の瞬間に立ち会えなかった2人の姉弟に指令のように届けられた母ナワルの最後の言葉に姉弟は絶句する。その衝撃の展開を姉は受け入れるが、弟は現実を受け止めきれずに拒む。ジャンヌは自身の出自を知るために、あえて危険な運命に身を投じるが、臆病な弟は興味すら示さない。画面上に映し出された赤文字のロゴ、ロング・ショットで映された母親の故郷であるパレスチナの光景の途方もない美しさ。そして娘は母親の出自を巡る旅に自らを重ね合せる。

 ドゥニ・ヴィルヌーヴの映画は初期作から登場人物の足跡を、主人公が同じように巡ることで物語が駆動する。血縁関係にある母親との自己同一視はヴィルヌーヴの独特のパラノイア的疾患を内外に振りまきながら、母親の歩みを振り返った娘はやがて衝撃の事実に直面する。ジャンヌが巡る現代の描写など所詮は添え物に過ぎず、亡き母親の生い立ちこそが心底壮絶で言葉を失うようなリアリティに溢れている。パスポートの上に置かれた黒い十字架のネックレス、ダレシュ大学で数学を教わっていたはずのナワルは、難民の息子ワハブと恋に落ちたことが元で、数奇な運命を辿る。かくしてダレシュからクファルファット、そしてデレッサへ、囚人No.72番と記号化された歌う女は、キリスト教徒とイスラム教徒の宗教対立、『オマールの壁』を先んじたパレスチナ問題による情勢不安により、我が子との関係性を引き裂かれる。黒煙をもくもくと上げながら燃えるバス、鉄格子に入れられた彼女が、大きくなる一方のお腹を何度も殴る描写に絶句する。男尊女卑のイスラム圏に呼応せんばかりに、中盤からジャンヌ以上にその存在が前景化するジャンの戸惑いが素晴らしい。だが血を分けた兄弟はまったく異なる運命に翻弄されたはずだが、現実には近しい場所にいたというクライマックスの描写は果たしてどうなのかという疑問は拭えない。終盤の見せ場をことごとく踏み外した心底惜しい物語でありながら、序盤のリアリティに溢れる怒涛の骨太な描写力に、新人ドゥニ・ヴィルヌーヴの抜きん出た才能の萌芽が既に垣間見える。

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