【第837回】『光をくれた人』(デレク・シアンフランス/2016)

あらすじ・結末に触れていますので、これから観る方はクリックしないで下さい

 1918年オーストラリア、第一次世界大戦から生きて帰ったトム・シェアボーン(マイケル・ファスベンダー)は生きる気力を失っていた。次々に死んでいく戦友たちと4年間、悲惨な光景を体感した戦争の爪痕。しかし戦地から帰ったトムは生きる英雄と称され、再就職先に事欠かない。深い悲しみを讃えた優しい目、PTSDの症状で生気を失っていたトムは魂の安らぎを求め、バルタジョウズ岬から160kmも離れた南海の孤島ヤヌスの灯台守への赴任を希望する。インド洋と南極海の波がぶつかり合うヤヌスの海、1月を表す単語である「JANUARY」の語源となったその海は、全ての悲しみや絶望も洗い流してくれるような美しさだが、人間はトム・シェアボーンたった1人。前任者は精神を病み都会の病院に入院し、彼と入れ替わるようにしてこの地に赴く。列車をロング・ショットで据えた絵画のような美しい風景。時間きっかりにバルタジョウズ岬の有力者の家を訪れた律儀なトムの姿に先方は喜ぶ。「君の名前と仕事ぶりにはまったく心配などしていないんだよ。」かつての灯台守が帰って来るまでの3ヶ月の試用期間、小学校の校長の家に挨拶にやって来たトムは、そこで美しい女性イザベル(アリシア・ヴィキャンデル)と出会う。女は戦争から無事帰還したトムの姿に胸をときめかせる。

 デレク・シアンフランスのこれまでのフィルモグラフィは、一貫して強い父性になろうとするも、一家の大黒柱になれずに頓挫する主人公の姿を執拗に描いて来た。『ブルーバレンタイン』ではエリート医学生のシンディ・ヘラー(ミシェル・ウィリアムズ)と高校中退のディーン・ペレイラ(ライアン・ゴズリング)は幼い恋を燃え上がらせたがやがて上手く行かなくなる。『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命』においては、移動式遊園地のヒーローだったハンサム・ルーク(ライアン・ゴズリング)とロミーナ(エヴァ・メンデス)は行きずりの恋に落ちるが、彼女には既に黒人の代父がいる。今作もまた男と女の1対1のバランスでは最高の相性だったトムとイザベルの間に、守るべき家族が1人増えたところでトライアングルのバランスは音を立てて崩れて行く。スティーブン・スピルバーグの勧めにより、初めて手にした原作小説であるM・L・ステッドマンの『海を照らす光』は、実はこれまでのデレク・シアンフランスの物語とは極めて親和性が高い。前作『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命』同様にキリスト教の洗礼を受けた偽りの娘に目を細めた夫婦は、それゆえに罪の意識に苛まれる。風が心底、心を滅入らせる流産の描写の後、2人は相談相手もいない孤独な環境の中で、互いに向き合うことが出来ないでいる。

 『ブルーバレンタイン』や『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命』では、懐かしい往年の50'sのメロディやステディカムによる接写がデレク・シアンフランスの署名を印象付けたが、今作ではフィックスされたロング・ショットの数々が丁寧にトムとイザベルの夫婦を切り取る。ステディカムで撮影されたシーンはトムのヒゲを剃り落とす場面と、結婚式のダンスの場面のみであり、その他の場面では徹底して重厚なフレームワークの中で演技する夫婦の姿に酔いしれる。20世紀前半の淡いロマンスを綴った物語で特に印象に残るのは4通の手紙に他ならない。160km離れた場所でやり取りされた3ヶ月に1通の手紙を筆頭にして、登場人物たちは手紙の文面に思いを込める。それはLINEやFaceTimeがある現代とはまるで違う太古のロマンスを想起させる。インド洋と南極海の波がぶつかり合うヤヌスの海は、実母と代母、ルーシーとグレース、夫と娘の間に引き裂かれたイザベルとハナの姿を二分するようなメタファーとして存在する。苦悩する大富豪の娘ハナ・ポッツを演じたレイチェル・ワイズの表情も素晴らしいが、それすらも凌駕するのが灯台守を演じたマイケル・ファスベンダーの実直な姿に他ならない。生きる希望を見失い、心底孤独だったトムの人生を再び照らし出したのは、上の兄2人を戦争で亡くした無邪気な妹の可憐な笑顔だった。それは闇夜に薄暗く光る灯台の光とも無縁ではないはずだ。亡くなった実の兄貴2人に翻弄されるように、皮肉にもイザベルは2つの生をまたしても失い、代替した生にただひたすらに縋る。「夫君は神の御許に旅立った」という謎の手紙だけが、ある種の贖罪の感情を内包する。今作は『ブルーバレンタイン』や『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命』を経て、より複合的な問題を抱えながらも、一貫して父性の獲得に失敗した主人公の姿を切り取るデレク・シアンフランスの最高傑作たりうる力作である。
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