【第839回】『アイデンティティー』(ジェームズ・マンゴールド/2003)


 ネバダ州北部、大雨が降り続き、雷鳴が轟く夜。モーテルの管理人ラリー(ジョン・ホークス)は酒を呑みながらTVを眺めている。降り続く雨で視界も不明瞭な田舎の道路を一台の車が走っている。後部座席に座るアリス(レイラ・ケンズル)と息子のティミー(ブレット・ローア)は視界も不明瞭な中、ジョージ・ヨーク(ジョン・C・マッギンリー)の運転で目的地へ辿り着こうとするが、次の瞬間左のリア・タイヤがピンヒールを轢き、パンクチャーを起こす。突然の不具合に外に飛び出し作業をする夫婦だったが、次に来た車にアリスは撥ねられる。かつて売れっ子女優だったカロライン(レベッカ・デモーネイ)の運転手を務めるエド(ジョン・キューザック)は動揺する様子も見せずに、アリスの救護に当たる。ジョージは血だらけの妻を抱きかかえながら、モーテルのドアを開ける。カロラインに借りた携帯電話は通じず、エドは最寄りの救命病院へと急いで車を走らせるのだが途中、車が故障した娼婦パリス(アマンダ・ピート)に助けを求められる。その先の道路が冠水し、行き場を失ったエドたちは仕方なくモーテルへと戻る。そこへ一台の怪しい車が到着する。警察官ロード(レイ・リオッタ)は犯罪者の移送中に立ち往生し、このモーテルへ辿り着く。その夜、11人もの男女がうらぶれたモーテルへ取り残される。全ては一晩だけ眠り、明日雨が止むのを待てば良かったはずだった。

 僅か15億円の低予算でシルヴェスター・スタローン、ハーヴェイ・カイテル、ロバート・デ・ニーロの3大俳優共演作である『コップランド』をヒットに導いた(実際は制作費のほとんどが名優3人のギャラだったことは想像に難くない)効率的なB級プログラム・ピクチュアの職人であるジェームズ・マンゴールドの輝かしいフィルモグラフィ。その後、ウィノナ・ライダー最後の力作『17歳のカルテ』やヒュー・ジャックマン、メグ・ライアン主演による『ニューヨークの恋人』のようなライトな恋愛映画を経て、今作へと辿り着く。明らかに1939年に刊行されたアガサ・クリスティの長編推理小説『そして誰もいなくなった』に端を発する物語は、うらぶれたモーテルに泊まる11人の群像劇であり、いわゆる「クローズド・サークル」ものの典型的で秀逸な密室劇であろう。行き先を阻むような雷鳴と豪雨、先客のいないモーテルの軒下でようやく暖を取れると安心したのも束の間、突如1件目の殺人が起こる。いったい誰が、何の目的で快楽殺人を繰り返すのか?まるでホラー映画の登場人物のように次々に分断されていく彼らは殺人鬼の格好の標的となる。真に頼りない刑事と元刑事のレイ・リオッタとジョン・キューザックのW主演はアメリカの中堅映画の熱狂的な支持者にはあまりにも嬉しい。かくして僅か25億円の低予算で作られた物語は全米初登場1位に輝き、見事全世界興行収入100億以上を叩き出した。M・ナイト・シャマランの『スプリット』よりも14年早く解離性同一性障害をモチーフとした物語は、90分で緊張と緩和を過不足なく見事に描き切り、中堅作家ジェームズ・マンゴールドの名を内外に轟かせた。

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