【第840回】『ナイト&デイ』(ジェームズ・マンゴールド/2010)


 ウィチタ・ミッド・コンティエント空港のボストン行き77便。ジューン・ヘイヴンス(キャメロン・ディアス)は妹のエイプリル(マギー・グレイス)の結婚式に出席するために、生まれ故郷であるボストンへ帰ろうとしている。エスカレーターで到着した彼女はどういうわけかロイ・ミラー(トム・クルーズ)に二度ぶつかる。ボストン行き77便は遅延し、ようやく目的地へ向かうところだが、ジューンの席はない。次の便に乗ろうと諦め掛けていた矢先、座席の空いた彼女は77便のロイ・ミラーの斜め前の席に座る。フランクに話しかけてくるロイに対し、女は満更でもない様子を見せる。彼女が化粧室に入った時、ロイ・ミラーは突如もう一つの顔を見せる。乗客やパイロットを散々蹴散らした後、何食わぬ顔で乾杯する優男は、次の瞬間、不時着するからとジューンに告げる。かくしてボストンの草むらの中に不時着したボストン行き77便から降りると、ジューンは睡眠薬を飲まされ卒倒する。男に一目ぼれしたジューンだったが、ロイの正体はジューンが夢に見た理想の男性どころかCIA所属の超一流のスパイであり、そのCIAから追われる身だった。カーチェイスと銃撃戦の末に、ロイはジューンをCIAから救出するが、怖くなったジューンはロイから逃げ出し、消防署へと駆け込む。そこにはかつての恋人であるロドニー(マーク・ブルカス)がいる。

 キャメロン・ディアスとトム・クルーズの2001年作である『バニラ・スカイ』以来の共演作品。結婚適齢期をとうに過ぎ、妹に先を越された結婚式までの道中で、運命の男に偶然(のようにして)出会ったヒロインのジューンの描写は多分にロマンティック・コメディ的な軽快さに溢れている。明らかにシェイクスピアの戯曲『十二夜』、『夏の夜の夢』などを下敷きにしたであろう物語は、古典的な脚本を熟知したジェームズ・マンゴールドならではの機知に富む。当初は胸元から首筋のあたりに香水を振りまき、ブラをたくし上げやる気満々のヒロインは、一目惚れしたロイ・ミラーの粗暴さにたじろぐ。女は腕力に長けた元カレにすがるものの、男の粗暴さはその斜め上を行く。ロイ・ミラーはヒロインに対し、「僕と一緒にいてくれ」と懇願され男の寂しい背中に気付く。『アイデンティティー』において、いわゆる「クローズド・サークル」ものの典型的で秀逸な密室劇を具現化したマンゴールドの手腕は、ロマンティック・コメディの王道を丁寧に踏襲する。それはつまり男と女は偶然に出会い愛し合うものの、第一印象の悪さに気後れし、会うたびに口喧嘩になる。ところが互いに協力し合わなければならない事態に遭遇し、惹かれ合う物語上の機微に他ならない。今作はロマンティック・コメディの王道を『ミッション:インポッシブル』シリーズのイーサン・ハントのメタ批評的なアクション・シーンとジグザグに交差させる。また2人だけの世界に齟齬をもたらすポール・ダノの怪演ぶりも素晴らしい。トム様のファンにはただただ不評だった作品ながら、マンゴールドは今作で見事にB級からA級作家へと華麗なる転身を果たす。

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