【第842回】『サムサッカー』(マイク・ミルズ/1999)


 早朝のオレゴン郊外、閑静な住宅街。17歳の長男ジャスティン・コッブ(ルー・プッチ)はなかなか眠りから目覚めずに父親のマイク・コッブ(ヴィンセント・ドノフリオ)に起こされる有様。部屋が違う弟ジョエル(チェイス・オファーレ)は既に起き朝の体操を始め、食卓では母オードリー(ティルダ・スウィントン)が俳優の写真が描かれたシリアルの広告を見ながら、自分の長所について思案に暮れていた。明らかに歪な4人暮らし。ジャスティンは学校に行けばディベート部の同級生で意中の女の子レベッカ(ケリ・ガーナー)の意見を全肯定し、ギアリー先生(ヴィンス・ヴォーン)に嗜められる。クラスでなんの取り柄もないジャスティンにとって、唯一の頼みの綱は歯科医のペリー先生(キアヌ・リーヴス)だった。いかにもアート思考な額縁の絵画、美しい環境音楽の調べの中、17歳の少年は歯列矯正を受けながら、先生と話すこのかけがえのない時間だけが頼りだった。思春期の17歳の少年にとって、隠したいコンプレックスがある。それは親指を吸う癖がなかなか治らないことだった。Sonic Youthの95年のアルバム『Washing Machine』のアートワークも手掛けた90年代のカリスマ的アート・ディレクターであるマイク・ミルズの手捌きはショットとショットをポップに配置し、Elliott Smithのサントラが静かに華を添える。

 10代ならではの疎外感や焦燥感、実の父親と母親をパパとママと呼べずに、マイクとオードリーと呼ぶ少年の両親との独特の距離感はもどかしさとなり、大人になるためのトラウマを抱える同級生の少女との恋はなかなか上手く行かない。もどかしい思いを抱えるジャスティンにメンターであるペリー先生は声を掛ける。「守護獣を呼べ」という彼の自己暗示はどういうわけかジャスティンの心をいたく苦しめる。父親からタトゥーのように刻まれたMFC(マイケル・フォレスト・コップ)の言葉も彼の病巣を取り除くことには繋がらない。しまいには医師に注意欠陥多動性障害(ADHD)と診断され薬を処方されるのだが、この強い薬を飲んだ途端、ジャスティンの眼前の景色は一瞬でバラ色に変わる。こうして自信喪失気味だった長男の病巣は徐々に薄れて行き、17歳らしい活気を取り戻すのだが、それでも家族4人の歪なバランスに変化は見られないどころか、一層深く家族の病巣は進行する。夜勤の仕事に転職した美しい母親への少年の強い思い、コミュニケーション不全の父子は遥か彼方に行ってしまった聖母マリアの姿を思い浮かべながら、互いに傷を舐め合う。コカインと分子3つしかないスピードを自身への鞭として利用しながら、生身の姿になった男たちの描写はことごとく弱く、あまりにも脆い。それは母親の憧れだったマット・シュラム(ベンジャミン・ブラット)も例外ではない。カッコつけた男たちは大してカッコ良くもなく脇道に逸れて行き、女たちの心底図太い情念に寄り添う。かくしてソフィア・コッポラやウェス・アンダーソン、ハーモニー・コリンに遅れてやって来た遅咲きの天才の長編処女作は、2000年代の青春映画の金字塔となった。

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