【第844回】『人生はビギナーズ』(マイク・ミルズ/2010)


 一輪ざしの白い花、部屋の脇に固められた段ボールの山。オリヴァー・フィールズ(ユアン・マクレガー)はクローゼットの中から、懐かしい父親の上着を取り出し、畳んで段ボールにしまい込む。アーサーという名のジャック・ラッセル・テリアに話しかけながら、今日から君の飼い主だと話すオリヴァーは数日前に父親ハル・フィールズ(クリストファー・プラマー)の死を看取り、手狭な部屋に引っ越して来る。オリヴァー・フィールズ38歳独身、イラストレイターとして数々のCDジャケットを手掛けた売れっ子作家の母親は5年前に死んだ。母親の葬式を済ませた後、突然父親は自らが「ゲイ」であることをカミング・アウトし、同性愛者として自由気ままに生きることを決めた。それは45年連れ添った母親との夫婦関係を否定するものに思えたが、癌を宣告された父親はゲイであることをカミング・アウトしたところから、自らの終末生活を謳歌する。3周りも年の離れた若いゲイのアンディ(ゴラン・ヴィシュニック)との恋愛関係、オリヴァーは天国に旅立った母親ジョージア(メアリー・ペイジ・ケラー)の姿を思い浮かべる。ユダヤ人の母ジョージアと美術館の館長だったハルとは出勤の際、いつも決まって口づけを交わす。幼い頃のオリヴァーにはその姿だけがただただ思い出される。

 処女作『サムサッカー』同様に、歪な家族関係の中で主人公は父親とのコミュニケーションの取り方がわからぬままもがく。保守的で厳格だった父親像と、それとは真逆の破天荒な母親の姿。オリヴァーはそんな両親の元でアートに興味を持った。その姿はX-GIRL、マーク・ジェイコブスなどのアート・ディレクター、NIKEやフォルクスワーゲンのCMプランナー、SONIC YOUTHやBEASTIE BOYSのアルバムのジャケット・アート・ワークを手掛けた今作の監督であるマイク・ミルズのキャリアとも無縁では無い。今作はミルズの父親の死後、半年間で脚本が練られ撮影されたミルズの半自伝的物語である。美術史家だった父親は妻を愛しているかに見えたが、50年代の平和な家庭像の範疇に自らを閉じ込め、軋轢のある時代をひたすら耐え抜いて生きて来た。母親はユダヤを隠し、父親は自らのゲイを隠して、平穏無事にオリヴァーを育て上げた。しかしステージ4の癌の告知をされたことで、厳格な父親の姿は一気に変貌していく。今作は直近の過去とオリヴァーの幼少時代の回想、そしてオリヴァーの運命の人アナ(メラニー・ロラン)との現在とを器用に交差させながら、時系列をシャッフルするように大胆にフィールズ家の家族像を描き出す。それは父親を失うことと、新しい恋人を受け入れることが2層構造となって主人公オリヴァーの感情をかき乱すのである。

 LAに憧れるアウトサイダーたちの永遠の憧れの象徴であるcosmopolitan book shopの父子の僅かなやり取り。龍安寺の石庭に思いを馳せながら、2人が見つめた天井のシミ、ゲイを集めた映画鑑賞会で再生されたハーヴェイ・ミルクのドキュメンタリー、ハルが息子に何度も聞くことになる「ハウス・ミュージック」という響きのリフレイン。50年代のギンズバーグとビートニクの青春時代。幾つかの詩的な感情をエモーショナルに切り取るマイク・ミルズの手腕はレッド・ワンデジタルカメラを使用しながら、フィックスと手持ちの間を行き交う。それは愛情と恐れの間をたゆたうオリヴァー・フィールズの心象風景を巧みに切り取っている。本能の赴くままに生き、ステージ4の癌だと診断された後の5年間を真っ当に生きた父親の姿に息子は愛することの大切さを教えられながら、目の前の運命の出会いになかなか踏み出せずにいる。処女作『サムサッカー』同様に男たちは外見ばかりを気にし、女たちの微妙な感情に気付かない。闇夜のグラフィティ・アート、ストリートを占拠するように走る2人のローラー・スケート、ホテルの部屋に帰ったオリヴァーとアナは心を病んだ父親の鳴らすベルに出ない。キング・サイズのベッドの両端で電話を取った2人の背中合わせの描写の筆舌に尽くし難い素晴らしさは、2010年代屈指の名場面であろう。処女作『サムサッカー』で突如アメリカ映画に登場した遅れて来た天才作家は、父親との生々しい関係性を露わにした今作で、一躍インディペンデント作家の要注目株に躍り出た。

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