【第846回】『ゴールド/金塊の行方』( スティーヴン・ギャガン/2016)

あらすじ・結末に触れていますので、これから観る方はクリックしないで下さい

 開巻早々に冠された「Inspeired By True Events」の文字。1980年代ネバダ州リオ、ケイ(ブライス・ダラス・ハワード)という女に入れ上げる若き日のケニー・ウェルス(マシュー・マコノヒー)の誘惑現場。デスクを椅子のようにして座り、左手でそっとゴールドの指輪をケイのバッグに忍ばせるケニーの描写はやり手のプレイボーイのようにも見える。ブロンドの髪に濃いめのメイク、装飾品で着飾る女のルックスは今では水商売にしか見えないが、彼の愛は本物であり、左手の薬指にそっと指輪をはめる。ケニーは鉱山ビジネスに長けたやり手社長の2代目として生を受ける。世界の覇権を担うアメリカの資金力を武器に、世界中の探鉱に次々に手を染める父親の背中を観てケニーは育った。まるで19世紀のゴールドラッシュのような如何わしさに包まれた男はなぜか、二世としての根拠のない自信でヒロインを誘惑する。父親に探鉱を任されたのも束の間、皮肉にもケニーの父親は天国へと旅立つ。それから7年後の1988年、ケニーの生活は困窮していた。すっかり禿げ上がった前髪、でっぷりと貫禄の出たビール腹。心底胡散臭い姿に成り下がった彼のビジネス話などまともに聞こうとする企業などどこにもない。ケイが働く場末の酒場、限られた親しい仲間たちと相変わらず繰り広げるセールス・トーク。うらぶれた呑み屋に電話線を引きながら、日付が変わる頃まで働くケニーの姿はワーカホリックというよりも、どこか狂信的に金に取り憑かれている。

 今作を印象づけるのは、主人公を務めたマシュー・マコノヒーのいわゆる「デ・ニーロ・アプローチ」に他ならない。ジャン=マルク・ヴァレの2013年作『ダラス・バイヤーズクラブ』のために20kgもの減量をしたマコノヒーが今作では逆に20kgの増量を試みる。すっかり禿げ上がった髪型も衝撃的だが、白ブリーフにビール腹を惜しげも無く晒し出す場面は押しも押されぬ2枚目スターであるマシュー様のファンには実に衝撃的である。正統派な2枚目から演技派の3枚目へ、醜態を晒してまで役に打ち込むマコノヒーの姿は真に賞賛されるべきだが、問題は監督であるスティーヴン・ギャガンの演出に尽きる。ギャガンがゴールドラッシュのような金の狂乱を巡る物語を描きたかったのは明らかだし、実際に出来上がった脚本そのものは決して悪くない。だが脚本上の物語の配分が、本編全体の尺=122分に合っていない。マネーに取り憑かれた男は物質的に金に取り憑かれているはずだが、インドネシアのボルネオに赴いたケニーの姿からは、この山の険しさを登りきった達成感がまったく感じられない。力点としては100万人が死んだとされているマラリアよりも、この険しい山での探鉱作業の困難さの方が前面に来なければならないが、監督の時間配分は多分に失敗していると云わざるを得ない。ケニーとケイの破局もいまいち描き足りない感じだし、ケイの恋のライバルとなるラシェル(レイチェル・テイラー)の描写も随分凡庸でキレがない。

 株式や債権と比べれば遥かに利率の高い金の描写にはもう少し時間を割いて欲しかったし、右肩上がりの1時間から転落劇を描く後半部分の失速は否めないものの、New Order の『Blue Monday』や『Temptation』が聴ける中盤の描写は文句なしに素晴らしい。観終わった後、もし今作の監督がマーティン・スコシージやマイケル・マンだったらどうなったかという想像が尽きない何とも未消化な作品ではある。
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