【第848回】『キングダム/見えざる敵』(ピーター・バーグ/2007)


 1932年のサウジアラビア建国からの歴史を解説したタイトルバック。合弁会社〜オイル・ショック〜湾岸戦争とアメリカとサウジのズブズブの関係を一通り説明した後、最後に巧妙に9.11アメリカ同時多発テロ事件のニュース映像が挿入される。テロ首謀者として認定された19人のうち、何と15人がサウジアラビア国籍だったという衝撃の事実で物語の幕は開く。サウジアラビアの首都リヤド、厳格なイスラム法で裁かれない完全な治外法権を手にした外国人居住区。公園では白人同士のソフトボール大会が優雅に開かれていた。隣でウィンナーを焼くBBQの席、応援席では草野球に興じる男たちの家族が熱い声援を送っている。外国人居住区のセキュリティ・ゲート、カーキ色の軍服を着たニセ軍人たちはまずセキュリティの2人を射殺した後、マシンガンで次々に罪もないアメリカ人を殺して行く。皆殺しの惨劇から逃げ果せた人々はFBI捜査官フラン・マナーブ(カイル・チャンドラー)らの呼びかけにより広場に集まるが、そこで二度目の悲劇は起こる。ピーター・バーグの18番である爆風にやられた凶悪な事件の死者は100人以上、死傷者も200人以上にも及ぶテロ事件となった。12月4日、自身の息子の誕生日を人生最良の日だと断言するロナルド・フルーリー(ジェイミー・フォックス)の元に事件の痛ましい一報が入る。同僚で親友だったフルーリーの死、居ても立っても居られなくなったフルーリー捜査官は爆発者専門家のサイクス(クリス・クーパー)と情報分析官のレビット(ジェイソン・ベイトマン)、法医学調査官のメイズ(ジェニファー・ガーナー)ら3名と共にサウジアラビアへと向かう。

 ピーター・バーグの実録シリーズの記念すべき第1作。今作は1996年6月26日に起きたホバル・タワー爆破事件と2003年5月12日のリヤド居住区爆破事件とを組み合わせ、映画的に巧妙にアレンジしている。当初は男たちの熱過ぎる群像劇を得意とするマイケル・マンに白羽の矢が立ったものの彼は製作総指揮に回り、代わりにマンの一番弟子であるピーター・バーグが監督に指名される。平穏だったコミュニティに突然起きる爆発場面、利害の一致しない様々な立場の交錯、それでもプロフェッショナルに事件を解決しようとする登場人物たちの活躍ぶりは当初からピーター・バーグの実録路線のストレートな突破口であり核となり得る。事態を穏便に済ませたいサウジアラビアの国王側の自主規制路線、イスラムの男を女が裁いていけない、事件の深層に入り込んではならない、サウジアラビア警察の指示が無ければ勝手に動いてはならないなど幾つかの制約がフルーリーたちのチームを苦しめるが、片や彼らの味方になるはずの主権国家アメリカも石油の利害関係が元で、事件の深層に迫ることが出来ない。すなわち世界一の石油産出国と世界一の石油消費国の関係性はwin-winを貫き、200人以上の死傷者が出た大事件においても健全な裁きを下すことが出来ないでいる。当初、サウジ政府の雁字搦めの威嚇に行動すらも制限されていたフルーリーたちは、サウジアラビア国家警察のアル・ガージー大佐(アシュラフ・バルフム)の正義感と出会い、全ての潮目が変わる。

 今作の核はイスラム教の聖地メッカはサウジ領内にあり、イスラム保守派は聖地のすぐ側に堕落したアメリカ軍がいることを快く思っていないと云う歴史的事実に端を発する。何百人の人間を殺めた後、「アッラーに栄光あれ」と叫ぶイスラム保守派やイスラム教原理主義者にとっては、アメリカ軍の駐留という事実が宗教的な価値観を二重三重に苦しめる。サウジアラビアの周辺国であるイランやイラクとの政情不安は、云うまでもなくアメリカ軍需産業を肥え太らせる結果となる。政治的に見れば、アメリカ軍の日本駐留とサウジアラビア駐留とはまったく意図が違う。ロシアが影で支援するイランやイラクに対し、サウジアラビアの政情不安を煽れば煽るだけアメリカ製の兵器は飛ぶように売れる。合衆国は対岸の火事である中東情勢に過剰に乗り入れることで、90年代以降の軍需産業の拡大を推し進めて来た。その皺寄せが民衆を苦しめ、復讐の構図が出来上がったのは明らかであろう。映画はまったく別の環境で暮らすロナルド・フルーリーとアル・ガージー大佐とをある種の正義感で結ぶ。「超人ハルク」に影響を受けて警察を志したアル・ガージー大佐の思いは、国家権力に縛られない個人と個人としての友情を結び付ける。何某かの組織に所属する者同士が、互いの利害関係を超越して深く結びつくことこそがピーター・バーグの通奏低音であり、持ち味なのだろうが、それにしても終始手持ちカメラの落ち着きのない構図には最後まで肝を冷やした。地に足のついた実録シリーズに対し、終始グラグラな手持ちカメラの構図はさすがに演出の適格性を著しく欠いている。

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