【第849回】『ハンコック』(ピーター・バーグ/2008)


 白昼のロサンゼルス、白の4WDに乗ったアジア系3人が警官に発砲しながら追跡を掻い潜る。民間人を危険に晒す凶悪な強盗犯に対し、ロス市警はまるで為す術もない。TV中継車は昼間のワイドショーで追跡の模様を生中継しているが、ホームレスのように路上に眠るジョン・ハンコック(ウィル・スミス)はまるで関心がない。辺りに散らばったウィスキーの空き瓶、ベッド代わりにしていたダンボールの中から新しいウィスキーを取り出したハンコックは子供に「Asshole」と揶揄される始末。2日酔いの男は渋々ながら容疑者逮捕に一役買う。並外れた跳躍力と鋼のような肉体、車を軽々と持ち上げる怪力を誇る超人ハンコックは窓をぶち壊し後部座席に侵入し、ビルの屋上の尖った部分に標的となる4WDを突き刺す。こうして民間人の被害は未然に防いだものの、代わりに建物に甚大な被害が及ぶ。だがマスコミ嫌いで有名はハンコックは警察の前にもTVの前にも姿を現さず、ひたすら地下に潜る。アメリカ国内の世論もハンコックの存在に賛否両論だった。ロスのリーダーはTVの前で「NYに行って欲しい」と偽らざる本音を述べるが、我関せずの男は今日もどこかで人々を危機から救い出す。広告セールスマンのレイ・エンブリー(ジェイソン・ベイトマン)は「オール・ハート・マーク」という名の慈善事業のPR活動をしているが、木曜日の帰り、車は線路内に立ち往生する。そこへ貨物列車がやって来るのだった。絶体絶命のエンブリー、彼を絶体絶命の窮地から救い出だすのはジョン・ハンコックだった。

 2000年代のマーヴェル映画やDCコミックス映画を地で行くようなヒーロー像、本来なら国家の英雄であるはずの男はセルフ・プロモーションが下手なせいで「ダーティ・ヒーロー」としての軋轢に塗れた姿を晒す。行く先々で国民の好奇な目に晒され、どこにも行くべき場所などないジョン・ハンコックの深い深い病巣。命の恩人としての感謝という理解を超えて、ピュアな慈善活動家レイ・エンブリーはそんな深いトラウマを抱えた男の姿が見過ごせない。アーロン・エンブリー(ジェイ・ヘッド)を産んだ直後、この世を去った亡き妻の代わりに、アーロンの母親役をメアリー・エンブリー(シャーリーズ・セロン)が買って出る。女は当初から特殊な能力を持った赤の他人の存在に不信感が拭えない。映画はハンコックをトラウマから救い出したい夫と、彼の立ち位置に恐れを抱く妻とを対比的に描きながら、やがて衝撃の事実を明らかにする。ラスト40分の真に衝撃的な展開、ヴィランのいないスーパー・ヒーローものは恐るべき出自の問題に触れる。マイケル・マンの『コラテラル』に出演したピーター・バーグはここでも師匠マイケル・マン直々の指名を受ける。ピーター・バーグには率直に言って実録路線とメタ批評的なコメディとが両立する。全力疾走する車内から鳴り響く射撃音、ビルや道路を丸ごと吹っ飛ばすような威勢の良い爆発音は正にピーター・バーグの十八番だが、今作は決してシリアスな方向には舵を切らず、アメコミ・ヒーローもののメタ批評として十分に機能し得る。個人的にはピーター・バーグの素質はアメリカの復権を目指すようなシリアスな実録シリーズよりも、アメリカの英雄の裏側をコメディ・タッチで描いた今作の匙加減の方がすこぶる心地良い。

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