【第851回】『パトリオット・デイ』(ピーター・バーグ/2016)

あらすじ、結末に触れていますので、これから観る方はクリックしないで下さい

 2013年4月15日(月)愛国者の日、ボストンでは毎年4月の第3月曜日には独立戦争でのレキシントン・コンコードでの勝利を祝し、「パトリオット・デイ(愛国者の日)」に定められている。この日はメジャー・リーグのボストン・レッド・ソックスが本拠地フェンウェイパークで試合を行い、100年以上の歴史を誇るボストン・マラソンが開催されるボストン市民にとって最大の祭りの日に違いない。沿道をびっしりと埋め尽くした50万人もの観客、3万人ものランナーがスタート地点で待つ中、普段は殺人課勤務のボストン警察巡査部長トミー・サンダース(マーク・ウォールバーグ)もゴール地点の交通誘導を任されていた。だが膝の痛みに堪え兼ね、妻キャロル(ミシェル・モナハン)にサポーターを持ってくるよう頼む。主演:マーク・ウォールバーグ×監督:ピーター・バーグの実録シリーズ第三弾。『ローン・サバイバー』ではネイビー・シールズ史上最大の悲劇といわれるレッド・ウィング作戦を、『バーニング・オーシャン』ではメキシコ湾原油流出事故を題材に描いて来たが、今作では2013年に起きた記憶に新しいボストンマラソン爆弾テロ事件を描く。2001年9.11.の悲劇からおよそ一回り、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学 (MIT)など世界に誇る有名校を要するボストンはニューヨークとは違い、比較的安全な街として知られていた。

 2013年4月15日(月)午後2時50分頃、ボイルストン通りのゴール付近の二箇所で爆発があるまでの数時間を、映画は克明に記録する。今作はあの痛ましい事故から3年後のボストン・マラソンの現場で同じように撮影された。撮影監督であるトビアス・シュリッスラーは固定・手持ちカメラ、ヘリによる空撮など幾つかの視点を擁しながら、中継カメラや防犯カメラの視点も盛り込むことで恐るべき臨場感を上げている。ボストンマラソン爆弾テロ事件と言えば我々は真っ先に爆風にランナーたちが前のめりに倒れた当時のニュース映像が思い出されるが、アメリカ人のトラウマとなる光景に徐々に向かう前半部分の重苦しさは近年でもあまり例がない。デヴィッド・フィンチャー作品でもお馴染みのNine Inch Nailsのトレント・レズナーの不協和音も不穏さを駆り立てる。生の映像以上に、時折効果的に挿入される防犯カメラの映像の不気味な質感は、師匠であるマイケル・マンの力業の映像美に肉薄する。前作『バーニング・オーシャン』においても、マーク・ウォールバーグに絡むアンサンブルにジミー・ハレル(カート・ラッセル)とドナルド・ヴィドリン(ジョン・マルコヴィッチ)という名だたる名優を配し、演者を見る俳優としての独特の才覚を見せつけたピーター・バーグだが、今作でもマーク・ウォールバーグを巡るトライアングルにボストン警察警視総監エド・デイヴィス(ジョン・グッドマン)とFBI特別捜査官リック・デローリエ(ケヴィン・ベーコン)のトライアングルが見事なアンサンブルを見せつける。

 オマケに後半、あっと驚く活躍ぶりを見せつけるウォータータウン警察巡査部長ジェフ・ピュジリーズ(J・K・シモンズ)を配した男優陣の怒涛のラインナップは、このメンバーでつまらない映画が出来るはずがないと断言するアメリカ映画好きの斜め上を行く。ケヴィン・ベーコンの組織人としての冷たさ、それに対し、常に主人公に厳しくも温かい視線を投げ掛けるエド・デイヴィス役のジョン・グッドマンのルックスが本人そっくりで驚く 笑。映画は3人の警察官を統合したトミー・サンダースという架空の人物を主軸に、脇に配する役者たちはそれぞれ実在の人物という歪な構成を経て、クライマックスへと向かうのだが、ただ一つの問題は、容疑者となった兄弟がなぜ、テロ行為に走ったかの不明瞭さに尽きる。事に及ぶまでの兄弟はいわゆる「イスラム原理主義」的な過激思想の病巣を垣間見せるものの、中盤以降、国家反逆者としての逃走に夢中になるあまり、何故彼らのようなアメリカ社会の底辺に巣食うイスラム系移民が、「ホーム・グロウン・テロリスト」になり、「ローン・ウルフ」となって行くのかがイマイチ判然としない。133分に及ぶ物語は、登場人物たちに起きた出来事だけをただただ余裕なく縦軸上に羅列したことで、ことを俯瞰して眺めるだけの余裕や機微をほとんど備えていない。今作はアメリカ側から観れば最高の美談だが、イスラム原理主義やイスラム教徒の立場から観れば捏造された嘘っぱちの物語に違いないはずだ。ボストンでは確かに8歳の少年の命も犠牲になったはずだが、中東では何千人もの子供たちが犠牲になった。その歪さの中にこそ、アメリカ国家とイスラム社会の軋轢の根幹はあるはずだが、残念ながら今作はアメリカ的に心地良い美談に興じるあまり、一向に政治のリアリティに関心が向いていない。
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