【第858回】『勝手にしやがれ』(ジャン=リュック・ゴダール/1959)


 パリ・マルセイユ、火曜日の朝。女はミシェル・ポワカール(ジャン=ポール・ベルモンド)に目で合図を送り、ミシェルは絶妙なタイミングで石畳の上に現れる。コンバーティブルのデ・ソト、アメリカ人士官が乗っていた車に間髪入れずに乗り込み、エンジンを蒸す。大声で歌を歌いながら、車はどんどんスピードを上げる。女の運転するアルファ・ロメオを抜き去り、ヒッチハイクの少女を無視し、一路パリへ向かうのだが、黄色いラインを越えたところを白バイ隊員に目を付けられる。横道に逃げ込んだミシェルはやおらリヴォルヴァーを引き抜き、警官を殺めてしまう。男はパリでパトリシア・フランキーニ(ジーン・セバーグ)というアメリカ女を探していた。同棲した元カノの部屋から金をせびった後、新聞社編集部を訪ねる。「ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン」という若い女の甲高い掛け声。シャンゼリゼ通りの真ん中にミシェルの意中の女パトリシアの姿はあった。新聞社のロゴのTシャツの下は透けるようなノーブラで、タイトなブルー・ジーンズが眩しい。男は女の背中を数十mそっと追いかける。ストリートで強い視線を感じた女は、そっと男の方を振り向く。

 数週間前、コート=ダジュールで出会ったベリー・ショートの運命の女に、ハンフリー・ボガードに憧れる痩せ身で179cmの長身の男は恋をする。短絡的な殺人をしてしまった男はやがて7号線殺人犯として指名手配となり、新聞の紙面を賑わせる束の間の有名人へ。美しい女とやくざな男、意地悪な女と優しい男の対比、そこに拳銃が一丁あるだけで優れた映画は出来上がることを今作は雄弁に物語る。モーツァルトのクラリネット協奏曲とマルシャル・ソラールのオフビートなジャズ、アナーキストとシャンゼリゼ通り、尻軽女と自動車泥棒、ボーダーのTシャツにサングラス、賭博師ボブと西部劇、ピンナップ・ガールとテープ・レコーダー、イタリア人写真家とジャン=ピエール・メルヴィル、パブロ・ピカソにピエール=オーギュスト・ルノワールの絵など、幾つもの印象的なイマージュがバラバラに散りばめられ、独特の詩情を炙り出す。郵便用手押し車の影に隠れたラウル・クタールのカメラ、ハワード・ホークスの『暗黒街の顔役』を思わせるクライマックス、これ以降禁忌としたゴダールには珍しいアイリスやディゾルヴの使用、完成時、135分だった映画の90分への短縮を可能にしたジャンプ・カットなど、今作には文学由来ではない幾つものオフビートな映像の快楽が溢れ出している。シンプルな物語を補強するような重層的なコンテキストの木っ端微塵な破壊、刹那的な運命に身を委ねる男と女の不意打ちのリズムと漂流するジャズ、思春期に初めて観てから100回以上観ているが、何度観ても奇跡的な何かにただただ打ちのめされる。

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