【第863回】『顔のない天使』(メル・ギブソン/1993)


 同時に空に飛ぶ幾つもの帽子のスロー・モーション、名門士官学校の卒業パレードでは、チャールズE(チャック)・ノースタッド(ニック・スタール)が同期生に肩車されながら、首席での卒業という名誉を受ける。愛する母親のキャサリン・ペイリン(マーガレット・ホイットン)は聴衆の中で大喜びし、異父兄弟であるメグ・ノースタッド(ギャビー・ホフマン)も微笑むが、唯一異母兄弟で義理の姉のグロリア・ノースタッド(フェイ・マスターソン)だけは口に黒いガムテープが貼られている。だがチャックの顔は観衆の声の中、突如気を失ったかのようにボーッとする。1968年、6月第1週のメイン州ポートランドの港町、一家は避暑地に恒例のバカンスにやって来ていた。ボストンからフェリーで一路ポートランドへ、女たちは夏の盛りの高揚感に満たされるが、名門ホリフィールド士官学校に入学することを夢見るチャックだけは、一ヶ月前のテストに落ちたことを後悔し、数ヶ月後のリベンジに燃えていた。美人だったキャサリンは3人の男性と結婚し、それぞれとの間に1人ずつ子供を設けた。3人目の夫との間に生まれたチャックが物心ついた時には既に父親の姿はない。幼かった彼は父親がどのような理由で死んだかもまるで覚えていない。

 ジョージ・ミラーの『マッド・マックス』シリーズやリチャード・ドナーの『リーサル・ウェポン』シリーズの演技で一躍、80年代のハリウッドの寵児に登り詰めたメル・ギブソンの監督デビュー作。亡き父親の不在のトラウマを抱えた少年が、女系家族の中でもがく主題は真っ先にスティーヴン・スピルバーグの作品を彷彿とさせる。然し乍ら亡き父に代わり、チャックのトラウマを中和する代父となる男の造形が一風変わっている。朝鮮戦争の英雄はPTSDを抱えながら帰国したチャックの父親とは入れ子構造のように主人公の前に突如現れる。ウィリアム・デターレの1939年作『ノートルダムのせむし男』のカジモド、『美女と野獣』のビーストのような醜い裂傷を抱えた2枚目メル・ギブソンの醜い傷痕が痛々しい。湖畔の屋敷に住むせむし男の描写はいかにも戦前のクラシック・フィルムの雰囲気十分である。ハワード・ホークスの48年作『赤い河』を眺めながら、プレイボーイの世界に遊ぶジョン・ウェインになりたいと願う早熟なチャックは、メンターとなるジャスティン・マクラウド(名前に正義の刻印がある)と出会うことで、少しずつ自立した大人へと成長してゆく。

 ハリウッドではバリバリのアクション・スターとしてならしたメル・ギブソンの監督デビュー作が、トラウマを抱えた少年と、違う少年の心を救えなかったベテランの焦燥感を等しく結ぶヒューマン・ドラマだったことに当時は少なからず驚いた。クライマックスの嫌疑はやや唐突な気もするが 笑、その展開は地味ながら好感が持てる。チャックの母親のキャサリンを演じた「アメリカの坂口良子」ことマーガレット・ホイットンの70年代の母親像、田舎町の警察署長を演じたクリント・イーストウッド作品の常連であり、ジュリエット・ルイスの父親でもあるウェイン・スターク(ジェフリー・ルイス)の見事な演技。リチャード・メイサーやイーサン・フィリップスなど脇を固める重要な役者たちの起用にはメル・ギブソンの役者としての才覚が冴え渡る。93年はロバート・アルトマンが『ショート・カッツ』を撮り、スティーヴン・スピルバーグが忘れることの出来ない2本の傑作『シンドラーのリスト』と『ジュラシック・パーク』を撮った年として知られているが、押し並べて見ると前年のクエンティン・タランティーノの『レザボア・ドッグス』のような衝撃は見られなかった。タランティーノやスパイク・リー、フィンチャーやPTAやシャマランが主導した新しい時代の波が本格的に到来するのは翌94年からである。93年は80年代の延長線上として、未だ90年代と呼ぶには憚られた最後の年である。メル・ギブソンの特殊メイクのクオリティが93年という時代を思い起こさせる90年代過渡期の忘れ得ぬ佳作である。

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