【第865回】『アポカリプト』(メル・ギブソン/2006)


 文明が征服される根本原因は内部からの崩壊だという象徴的な言葉。マヤ文明後期の中央ジャングル、森の中に身を潜めた男たちは、野豚の気配にじっと耳を傾ける。やがて画面奥から飛び出して来た一頭の野豚を男たちはサークリングで包囲し、罠で仕留める。残虐で原始的な狩りの手段、その場で野豚を切り裂き、ジャガー・パウ(ルディ・ヤングブラッド)は臓物の部位を各々に配っていく。最後に残った野豚の金玉をいじめられっ子に配る男たちは高らかに笑う。狩猟民族としてこの地に何代も暮らし栄えるジャガー・パウ一行は、森の反対側から近づいて来る人影に緊張を隠せない。彼らは怯えきった目を見せながら、村は滅茶苦茶に破壊されてしまったと言う。攻撃する意思がないことを確認したジャガー・パウは彼らを先に通らせるが、彼の父親で村長のフリント・スカイ(モリス・バードイエローヘッド)は息子の心に芽生えた僅かな恐怖心を嗅ぎ取る。楽園のような村には妊娠中の妻セブン(ダリア・ヘルナンデス)や幼い息子タートル・ラン(カルロス・エミリオ・バエズ)が彼らの無事な帰りを心待ちにしている。束の間の平和な時、突如楽園のような村はマヤ帝国の傭兵の襲撃を受ける。絵に描いたような地獄の光景、女たちはその場で強姦され、なぶり殺しに遭う。男たちはリンチされ、仲間たちと共に支配者の元へと連れ去られてしまう。

 前作『パッション』ではイエス・キリストの処刑に到るまでの12時間が、残酷すぎると言う理由で賛否両論巻き起こったが、今作はその痛みの強度をもう一段階増した内容に仕上がっている。冒頭部分、野豚を残酷に狩猟したジャガー・パウとフリント・スカイの村は皮肉にも同じような残酷さで焼き討ちされる。女たちは犯され、体力のない老人や子供は取り残され、奴隷や生贄に相応しい男手と若い女ばかりが強制連行される。全身にボディ・ペインティングを施し、耳たぶや鼻、額や顎に立派な装飾を纏った男たちは自分たちを超える野蛮な部族の前に為す術もない。抵抗したジャガー・パウの父親はその場で喉を掻っ切られ、息子の前で絶命する。直視出来ない光景はスクリーンの前に晒され、我々観客は西部劇の何倍も残酷な事象をただただ固唾を呑んで見守るしかない。スネーク・インク(ロドルフォ・パラシオウス)に睨まれ、「死に損ない」と名付けられた男は当初から虫の息だが、崖の上から谷底に落ちそうになろうが、神への生贄にされそうになろうが、矢じりが脇腹を貫通しようが、まるでイエス・キリストのように何度でも蘇る。壮絶な痛みを伴った主人公はその度に勇敢に立ち上がり、メル・ギブソンのこれまでの出演作を代弁するかのように、森の中を一心不乱に全力疾走する。マヤ人がここまでの蛮行を繰り返したのか明確なエヴィデンスはないものの、ここには確かに五感に訴える鈍い痛みと、その痛みの先にある人間の根源的な剥き出しの能力がはっきりと見える。

該当の記事は見つかりませんでした。