【第872回】『ほえる犬は噛まない』(ポン・ジュノ/2000)


 韓国ソウル、天気の良い日、ユンジュ(イ・ソンジェ)はジョンピョ先輩(イム・サンス)に電話をかける。電波の悪い集合住宅、ユンジュは外に出て電話をしているが犬の声に苛立つ。大学講師のユンジュはなかなか教授になれないまま、2歳年上の姉さん女房であるウンシル(キム・ホジョン)に養われるヒモ同然の生活を送っていた。後輩たちには先を越され、遂には同期だったナムグンにも先を越された男は先輩に教えを乞うが、逆に説教をされる始末。妻のお腹には赤ん坊が宿り、これから一家の大黒柱として養っていかなければならないものの、その重圧に耐えきれなくなった男は犬の声に神経過敏になり、犬を始末しようと考える。隣のドアの前に座る犬を拐い屋上に連れて行くが、お婆ちゃん(キム・ジング)が切り干し大根を干しに来たことで、犬は危機を免れる。絞首刑なども考えるものの、臆病なユンジュは自分で手を下せず、地下室にあるタンスの中に犬を隠す。一方その頃、商業高校出身のヒョンナム(ペ・ドゥナ)は、マンションの管理事務所で経理の仕事をしていた。怪力の友人チャンミ(コ・スヒ)とのうだつの上がらない青春の日々、そこへ団地に住む少女(ファン・チェリン)が行方不明になった愛犬ピンドリを探しにやって来る。

 韓国の鬼才ポン・ジュノの長編デビュー作。マンションに住む1組の夫婦の悲哀に満ちた日常を描きながら、そこにまともな就職口が見つからなかった管理事務所の事務員を絡ませる見事な脚本の妙。まったく別々に見えた2組の物語が中盤から実に密接に絡み合う様子は見事というより他ない。犬の鳴き声にノイローゼになった主人公、あろうことか生きた犬を締めて食おうとする警備員(ピョン・ヒボン)、地下室に隠れていたホームレスの男(キム・レハ)、老い先短い切り干し大根おばさん、そして幻のボイラー・キムなどオリジナリティ溢れるキャラクター描写。ペット禁止を謳いながらも、一向に守られない規律。まさにこの郊外型マンションは韓国の縮図としてそびえ立つ。ほぼ同時に落ちた愛犬と双眼鏡。団地に住む少女の雨ガッパの黄色からリレーされるヒョンナムのパーカーの色。ユンジュのおでこのキズとヒョンナムの顔の痛々しい傷跡、『グエムル-漢江の怪物-』でも印象的だった辺り一面見えなくなるような消毒液の煙。コンビニまで続くトイレット・ロールと妻がいじるテーブルの上のトイレット・ロール。ユンジュとヒョンナムの2人が共同で貼る「犬探しています」のポスター、ラストの天然ぶりまで今作と続くチョン・ジェウンの『子猫をお願い』で一躍スターダムに駆け上がったペ・ドゥナの天真爛漫な愛らしさが素晴らしい。次の展開がまったく読めない見事なシナリオ展開に、登場人物たちの朴訥とした味わいが光る衝撃の処女長編である。

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