【第875回】『パルプ・フィクション』(クエンティン・タランティーノ/1994)


 冒頭、ダイナーの強盗シーンに始まる今作は明確な主人公を持たず、アンサンブル・プレイとして最後には一つに繋がる。強盗の計画を立てているカップル(ティム・ロス、アマンダ・プラマー)を導入部分に据え、盗まれたトランクを取り戻そうとする二人組のギャング、ヴィンセント(ジョン・トラボルタ)とジュールス(サミュエル・L・ジャクソン)。ボスの情婦と一晩のデートをするハメになるヴィンセント。ボクシングの八百長試合で金を受け取るボクサーのブッチ(ブルース・ウィリス)。誤って人を殺し血塗れになった車の処理に右往左往するヴィンセントとジュールス。ギャングのボス、マーセルスを軸としたこれらの物語がラストに向けて円環状に大団円を迎える。タランティーノの時系列を壊す手捌きは処女作『レザボア・ドッグス』よりも遥かに巧妙化しており、一度観ただけでは本筋の流れは正確に把握出来ない。70年代ファッション、クラシック・カー、ファストフード、ブラック・ミュージックとサーフ・ミュージック、コカインと注射器、Go-Goダンス。それら文化的記憶の体現者として、一時期不振にあえいでいたジョン・トラボルタとブルース・ウィリスの起用も一役買っている。

 特にジョン・トラボルタがマーセルから留守中、ギャングのボスの若く美しい妻ミア(ユマ・サーマン)の食事に誘う場面は90年代屈指の名場面に違いない。2人は50年代風のクラブ・レストランに行きダンスを踊り、互いに魅かれ合う。マリリン・モンローやバディ・ホリーらに扮した店員が接客してくれる夢のようなレストラン。メニューにはダグラス・サーク・ステーキやダーワード・カービイ・バーガー。2人は高揚感に浸り、ダンス・コンテストで軽やかで息のあった動きを見せる。肝心の結果までは把握できないものの、足取りも軽やかに部屋に帰ってくる。自分のボスの女に手を出してはならないという掟と欲望の間に揺れるジョン・トラボルタが、トイレの個室でしばらく葛藤する場面の可笑しさ。しかしそんな葛藤の最中、ミアが知らぬ間にヴィンセントの持っていたヘロインを吸いこんで意識を失いオーバードーズで倒れ、狼狽したヴィンセントがヤクの売人の家に直行するシークエンスは底なしの面白さを発揮している。

 前作『レザボア・ドッグス』では見られなかった女性たちの登場も印象深い。アマンダ・プラマーはともかくとしても、ユマ・サーマンもマリア・デ・メディロスも、物語の起爆剤までは至らないまでも、ジョン・トラヴォルタやブルース・ウィリスを幸福な気持ちから一転、ピンチにさせるファム・ファタールな人物として登場する。ジョン・トラヴォルタにとっては、ボスの妻をコカイン中毒で死なせてしまえば待つのは死だし、ブルース・ウィリスにとっても、明らかにギャングが張っているだろう自分の部屋に戻ることは自殺行為である。それでも彼らはパートナーの不思議な魅力に抗えない。映画の中で誰が死に誰が生きるかというのは、結局のところ脚本家のさじ加減でしかない。九死に一生を得た人物でも死ぬ時は随分あっさり死ぬし、逆に神の奇跡を信じた者にはバカバカしくも幸福が訪れる。台詞におけるおびただしいまでの「Fuck」の数、ブラック・ミュージックを基調としたサウンド、センスの良い台詞や活きた脚本と役者の演技に満たされた今作はまさに、90年代アメリカ映画の傑作中の傑作である。

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