【第881回】『デビッド・クローネンバーグのシーバース』(デヴィッド・クローネンバーグ/1975)


 カナダの首都モントリオールから車で1時間余り、ゼネラル・ストラクチャーズが提供する高級マンション「スターライナー」では入居者を募集していた。近代的な建築には、警備員やかかりつけの医者が完備され、庭には25mプールもある。ゆりかごから墓場まで、設備の整ったこのマンションは富裕層たちにとって絶好の物件だった。ロナルド・メリック(ロナルド・ムロジク)は今日も若いカップルを1組案内する。ちょうどその頃、マンションの1511号室ではアナベル・ブラウンという1人の少女がホッブス医師に強姦され、無残な死を遂げようとしていた。医師は強引に少女をベッドに押し倒し、力強く首を絞めあげると少女の体はみるみる力を失っていく。同じ頃、階下では新婚カップルのニコラス・チューダー(アラン・ミジコフスキー)の妻ジャニン・チューダー(スーザン・ペトリ)の甲高い声が早朝に鳴り響く。夫のニコラスは洗面台の前に立ちながら歯磨きをしているが、急に腹部が痛み出し、患部に手を触れる。ちょうどその頃、ロロ・リンスキー医師(ジョー・シルヴァー)は教え子の医師であるロジャー・リュック(ポール・ハンプトン)に対し、腹部に寄生虫が宿った3人の症例を見せる。臓器移植の研究を続けていたリンスキーはホッブスの集めた潤沢な資金を元に、寄生虫の研究をしていた。しかし1511号室で起きた凄惨な殺人事件がきっかけとなり、次々に事件が起こる。

 カナダの鬼才デヴィッド・クローネンバーグの記念すべき長編デビュー作。「ホラー映画」という概念がまだカナダに根付いていなかった75年、クローネンバーグの早過ぎた脚本は頓挫しかかるが、ロジャー・コーマン門下生だった『羊たちの沈黙』のジョナサン・デミの強力なフック・アップにより資金提供があり、今作は誕生する。撮影に僅か14日間、編集にたった2日、ポール・ハンプトンやジョー・シルヴァー、バーバラ・スティールというメインどころの役者以外は全てノー・ギャラという低予算映画の典型のようなプロダクツ。だがクローネンバーグの初期衝動に溢れた物語には肉体を突き破る不気味な物体、臓物と血液、ロリータ・コンプレックス、全ての病巣を抱え込んだメタファーとしての高層マンションなど、既に後の大作家に向かう幾つもの刻印が見える。傘に落ちた吐血、二層式洗濯機から飛び出た腫瘍、浴槽内でベッツ(バーバラ・スティール)の膣を食い荒らした腫瘍の恐怖描写は、クローネンバーグにしては珍しいヒッチコック的な手腕が光る。当初「パラサイト・マーダーズ」として想起された物語は、フォーサイス(リン・ローリイ)の「すべてはエロティックでセクシュアル」の台詞にもあるように、70年代の若者たちの「フリー・セックス」の時代を揶揄する。Wヒロインとなったリン・ローリイとスーザン・ペトリの惜しげもない脱ぎっぷり、性の快楽に目覚めた夢遊病者たちの描写はジョージ・A・ロメロの『ゾンビ』よりも3年早く、人体に寄宿するクリーチャーの描写はリドリー・スコットの『エイリアン』に4年先んじていた。あのダン・オバノンも今作から多大なインスピレーションを受けたと公言する、鬼才クローネンバーグの早過ぎた名作である。

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