【第884回】『ヴィデオドローム』(デヴィッド・クローネンバーグ/1983)


 カナダ・トロント、放送局「CIVIC-TV」のチャンネル83が23日水曜日の早朝6時を伝える。マックス・レン(ジェームズ・ウッズ)はソファーに眠りながら静かに目覚まし代わりの映像に耳を傾ける。「CIVIC-TV」の社長であるマックスは早朝から放送の目玉となる刺激的な映像を日々探し求めていた。水曜日の編集会議、日本人バイヤーから買い求めた「サムライ・ドリーム」という名の日本製のポルノ映像を見せられたマックスだがどこか物足りない。技術屋ハーレン(ピーター・ドゥヴォルスキー)の手引きで「ヴィデオドローム」なる映像を見たマックスは、受像機の向こうの映像に惹きつけられる。赤い壁の狭い部屋、黒覆面を被った男たちは女に電気ショックを与えている。女の鈍い絶叫が辺りにこだまする定点カメラの映像は、まるで21世紀のイスラム国の処刑映像を想起させる。他局の夜のプログラム「レナ・キング・ショウ」にゲスト出演したマックスは思いがけずニッキー・ブランド(デボラ・ハリー)と出会う。退廃的な表情にセクシーなドレス、モード系の最新メイクを施した派手な女にやり手のプレイボーイのマックスは猛アピールする。対談相手は二元中継となったブライアン・オブリビオン教授(ジャック・クレリー)だったが、彼の哲学的な言葉にもマックスは耳を傾けようとしない。マックスとニッキーの愛の巣、男は女の耳たぶに恍惚とした表情で穴を開ける。

 こうして富も名声も勝ち得た男は突如、「ヴィデオドローム」の罠に落ちる。ブラウン管伝道所という名の意味深な施設には魂の平静を求めて様々な患者たちが集う。その先にいるブライアン・オブリビオン教授のモデルとなったのは、トロント大学の教授だったマーシャル・マクルーハンに他ならない。『グーテンベルクの銀河系』や『人間拡張の原理――メディアの理解』を著書に持つ男は決定的な著作『メディア論――人間の拡張の諸相』を出版する。テキスト・メディア以上の映像メディアの優位性を解いたこの本は今では21世紀の古典として知られている。クローネンバーグはブラウン管テレビから受像される映像メディアを心底ドラッギーなものとして捉え、マックスはやがて映像の深淵を中毒的に愛する。耳たぶに貫通するピアス穴、左の乳房に押し当てたタバコの灰、脈打つビデオデッキ、真っ二つに割れたヴァギナのような腹、私が最初の犠牲者だと宣言した男は、ファム・ファタールのような退廃的な女の毒牙にかかる。TV画面は心の目の網膜だという言葉にも明らかなように、「スペクタキュラー・オプティカル」という組織の自作自演の罠にはめられた男は徐々に精神の均衡を崩し、権力を持っていたはずの男は権力に追い詰められる。新人間よ永遠なれの言葉はドギつ過ぎるインパクト、現実と虚構の混濁した世界、貫通する痛みの感覚と都市生活者の孤独は、無機質な映像と生身の肉体とをある種サド・マゾ的に瓦解させ、快楽の倫理の先を突き破った。2017年現在、数年先の未来には人間がロボット(sexbot)とSEXする時代が来ると言われている。

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