【第899回】『素晴らしきかな、人生』(デヴィッド・フランケル/2016)


 アメリカ・ニューヨーク、広告代理店で成功を収めたハワード・レンイット(ウィル・スミス)は3人の仲間たちホイット(エドワード・ノートン)、クレア(ケイト・ウィンスレット)、サイモン(マイケル・ペーニャ)と共に広告会社を軌道に乗せ、最高の業績を上げていた。年度末の訓辞の挨拶、自信に満ちたハワードの表情、3人は彼の自信満々な表情を見ながら納得した様子で笑顔を見せる。それから3年後、最愛の娘の死がハワードの行く末をすっかり塞いでいた。5日かけて制作したドミノを倒しながら、ハワードは仕事に向かう気力もないまま、自室に籠る。クレアがアパートへ持って行く食事、家賃滞納の部屋。すっかり自信を喪失した戦友の姿に、ホイット、クレア、サイモンは心穏やかになれない。ハワードの姿は冒頭こそ輝きに満ち溢れていたが、次の瞬間、輝きを失っている。最愛の娘だったオリビアの死が彼を自暴自棄にさせるのだが、会社の一切合切も投げてしまっている社長の姿には違和感も拭えない。人間は誰だって後天的なトラウマや悲しみを背負うが、それを克服しようとする姿にこそ、人間は共感するはずだが、ハワードはその強靭さすらも失っている。

 やがてハワードの気持ちを必死に立て直そうとするホイット、クレア、サイモンにも各々固有の問題を背負っていることが明らかにされる。ホイットは親友のために藁にもすがる思いで運命のヒロインであるエイミー(キーラ・ナイトレイ)と出会うのだが、主人公よりももっと重大な問題を抱えるサイモンがハワードを支える脚本上の強弱は果たしてどうなのかという疑問は否めない。生き馬の目を抜くようなニューヨークの広告代理店にしては、登場人物たちの描写がことごとく殺伐とした現実よりも、紋切り型の理想に近い気はするが、3人の人間ではない何かとマデリン(ナオミ・ハリス)の4人が交差し、主人公の心に何かを灯す。キーラ・ナイトレイやラフィ(ジェイコブ・ラティモア)の描写はともかくとしても、「権限のない張子の虎」と自身を評したブリジット(ヘレン・ミレン)の演技力には圧倒される。映画全体を通して、肝心要の主人公であるはずのハワードの陰影や喜怒哀楽が心に迫らないのは決定的な弱点だが、『プラダを着た悪魔』の監督であるデヴィッド・フランケルの心に傷を負った登場人物たちへの眼差しは常に温厚で優しい。ニューヨークの広告代理店と言えば殺伐とした印象が滲むが、当初はハワードの心を救うためにお金で雇った3人の使いたちが、ホイット、クレア、サイモンの傷さえも浄化して行く。重ねて予定調和な脚本のバランスは気になるものの、観客の背中を優しく押してくれる心地良い作品である。

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