【第915回】『パーマネント・バケーション』(ジム・ジャームッシュ/1980)


 70年代末、アメリカ・ニューヨーク、ロウワー・イースト・サイド。万年床の布団一式、鏡が置いてある雑然としたボロ・アパートへ、アロイシュス・パーカー(クリス・パーカー)は久しぶりに戻る。同棲相手のリーラ(リーラ・ガスティル)は椅子に腰掛けたまま窓の外の景色を見ながら、タバコをふかしていて彼の物音にも振り返ることがない。「木曜からどこにいたの?」冷たい尋問のような言葉だけが、殺風景な部屋に虚しく響く。ターンテーブルに置かれたBe-Bopのレコードに合わせ、ステップを踏むアロイシュスの姿。空気のような2人の関係、チャーリー・パーカーの破天荒な生涯、フランスの詩人、ロートレアモンの『マルドロオルの歌』を暗唱する男は、もう読み飽きたと言ってリーラに本を素っ気なく渡す。ニューヨークの雑踏を映したショットと、マンハッタンの無人ショットとを交互にモンタージュしたアヴァンタイトルは、社会からはみ出した漂流者のような個を象徴している。俺は起きたまま夢を見ると宣言した男は、リーラを置いてあてもなくニューヨークの街を彷徨う。ただあてもなく漂流しながら男は、自分と同じようなアウトローな人間たちと出会い、必死にコミュニケーションを取ろうとするが、その努力は虚空へと消える。

 ジム・ジャームッシュはコロンビア大学を在学中、70 年代のパリへ渡り、シネマテーク・フランセーズで浴びるように映画を観た後、帰国し、ニューヨーク大学映画学科修士課程に入学を果たす。8mmや16mmフィルムの映像が入学志願の条件だったのに対し、彼は数枚のスチール写真のみで合格する。『乱暴者』のラズロ・ベネデクに師事した後、ラズロから紹介されたのが戦前の大作家ニコラス・レイだった。やがて体調が思わしくないニコラス・レイの最期の姿をカメラに収めた80年のヴィム・ヴェンダース『ニックス・ムービー/水上の稲妻』で助監督を務めたジャームッシュは、この作品とニコラス・レイの死に衝撃を受け、授業料に当てるはずだった奨学金を全て使い、無我夢中で今作を撮った。廃墟のような土地でヴェトナム戦争のトラウマを抱えながら生きる退役軍人、精神病院に入院する実の母親、スペイン語のわらべ歌を熱唱する哀しき少女、ドップラー効果でパリに渡ったJAZZミュージシャンの悲哀を語る黒人、小説から一切視線を動かさないまま、ポップコーンを売る少女など、ここには幾つもの「うらぶれた漂流者たち」のポートレイトが並ぶ。『虹の彼方に』(Over The Rainbow)を口ずさみながら、マンハッタンを船で離れるラスト・ショットは、アメリカの狂気と絶望を体現する。「人間はみな孤独」敬愛するニコラス・レイの死を胸に、勢いと衝動だけで撮り上げた奇跡のような75分である。

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