【第1100回】『クリムゾン・ピーク』(ギレルモ・デル・トロ/2015)


 母親の葬式、右手が血で濡れた女の姿。幽霊を見ることができるイーディス(ミア・ワシコウスカ)が初めて見たのは10歳の時、棺に入れられた死んだ母親の霊だった。嵐の夜、ベッドでうたた寝する彼女は廊下に母親の霊を見る。不気味な動きで近づいて来た母親の亡霊は、「その時が来たら、クリムゾン・ピークに気を付けろ」とイーディスに警告を発する。それから14年後ニューヨーク州バッファロー、大人になったイーディスは実業家の父カーター(ジム・ビーヴァー)と2人で暮らしていた。周りの同じ年頃の娘たちがファッションや異性に関心を持つ中、処女小説の執筆に夢中になっている。幼馴染で医者のアラン・マクマイケル(チャーリー・ハナム)は、社交界では異端児扱いされている男だが、彼女に惚れていた。ある日、カーターの会社にイギリスから準男爵の称号を持つトーマス・シャープ(トム・ヒドルストン)という男が現れる。彼は自身の発明した粘土掘削機への投資を持ち掛けるが、カーターはトーマスの物腰や手つきに不信感を抱き投資を拒否した。しかし、イーディスは自身の小説を褒める彼に次第に魅かれていく。カーターは情報屋のホーリー(バーン・ゴーマン)を雇いトーマスと彼の姉ルシール(ジェシカ・チャステイン)の身辺調査を依頼し、素性を知ったため2人に手切れ金を渡しイギリスに追い返す。しかしイギリスに発つ日、とんでもない事件が起こる。

 一度も異性を好きになったことがないイーディスは、社交界の席で公衆の面前で不意に恋に落ちる。ピアノの名手である彼の姉ルシールの手引きにより、ワルツを踊った彼女は満更でもない表情を見せる。だがその姿を苦々しく見ていたのは、彼女の唯一の肉親である父親だった。姉弟の身辺整理をしていた父親はそこで2人のある「秘密」に触れてしまい、父親が姉弟と交わした2つの約束は最悪な結末を迎える。天涯孤独になってしまったヒロインは、アメリカから海を渡りイギリスへ。夢にまで見た新婚生活、開け放った屋敷は処女作『クロノス』のように屋根から光が漏れ、粉雪がサラサラと舞う。不気味なまでの静寂と、姉弟の2人には手持ち無沙汰な屋敷の広さ、そして廊下に掲げられた人相の悪い母親の巨大な肖像画、トーマスに絶対に行ってはならないと言われた地下室など、いかにも曰くありげな空間設定にギレルモ・デル・トロの刻印が滲む。トーマスの母親と同じ深紅の指輪、犬がどこかから持ち込んだ深紅のボール、白いドレスを纏ったイーディスの吐血、そしてヘルボーイのような深紅色をした亡霊の絶叫と全てが赤のイメージで貫かれたモチーフは、やがてトーマスの口から「クリムゾン・ピーク」(深紅の丘)の言葉を聞いた時、ヒロインの心を震わせる。その時白いドレスはイギリスの真っ白な雪に代わり、真っ白な雪は深紅の紅に染まる。ラスト15分の気の触れた女の狂気には戦慄が走る。今作ばかりはミア・ワシコウスカのヒロイン以上に、ジェシカ・チャステインが鮮烈なインパクトを残す。

【第1099回】『パシフィック・リム』(ギレルモ・デル・トロ/2013)


 2013年8月11日午前7時。太平洋グアム沖の深海に異世界と繋がる割れ目が生じ、太平洋の深海から突如現れた謎の巨大怪獣「アックスヘッド」によって、まずサンフランシスコ湾のゴールデン・ゲート・ブリッジが襲撃された。国連も打つ手のないまま、サンフランシスコ、マニラ、メキシコ3つの都市がわずか6日間で壊滅、数万人の尊い命は奪われ、人類は絶滅の危機に晒される。人類に残された道は“絶滅”するか“戦う”かのふたつしかない。そんな中、環太平洋沿岸(パシフィック・リム)諸国は、PPDC(パン・パシフィック・ディフェンス・コープ)を設立、専門家たちの英知を結集して人型巨大兵器“イェーガー”を開発する。だが、人類をあざ笑うかのように、巨大生命体は次々と海底から姿を現し、破壊と殺戮を繰り返す。2020年アラスカ沖、米国アンカレッジを怪獣「ナイフヘッド」が襲撃。イェーガーのパイロットであるローリー・ベケット(チャーリー・ハナム)は、同じくパイロットの兄ヤンシー(ディエゴ・クラテンホフ)とともにイェーガー「ジプシー・デンジャー」に乗ってこれを迎撃する。右脳と左脳を一人ずつが動かすイェーガーの仕組みは、つながりが深いほどより強くなれる。だが怪獣は兄弟をあざ笑うかのように死んだふりをして奇襲を仕掛け、ナイフヘッドの攻撃により、兄ヤンシーは戦死する。失意のどん底にあるローリーを、環太平洋防衛軍 (PPDC) の司令官スタッカー・ペントコスト(イドリス・エルバ)が見舞う。

 太平洋の海底から次々と現れる巨大怪獣の恐怖、地球存亡の危機に立ち向かう環太平洋防衛軍 (PPDC) の活躍を描いた『パシフィック・リム』トリロジー・シリーズ第一弾。アメリカのサンフランシスコを起点にする大惨事や8月11日の並びは明らかに9.11アメリカ同時多発テロを連想させる。時空の裂け目から突如現れた怪獣(Kaiju)たちは徐々に地球を呑み込み、人間たちと知恵比べをしながら地球の環境に順応し、進化・適応を遂げる。対する環太平洋防衛軍はイェーガーの開発に手間取っていた。イェーガーの操縦で一番斬新なのは、1人1体ではなく、右脳と左脳を仲良く2人で分け合うことにある。つまり「ストライカー・エウレカ」のパイロットであるハーク・ハンセン(マックス・マーティーニ)とチャック・ハンセン(ロバート・カジンスキー)父子、「クリムゾン・タイフーン」のパイロットである中国人のタン3兄弟、「チェルノ・アルファ」のパイロットであるサーシャ・カイダノフスキー(ロバート・マイエ)とアレクシス・カイダノフスキー(ヘザー・ドークセン)夫妻など、家族や肉親としてつながりが深いほどより強くなれる構造を持つ。幼い頃からヤンシーと一緒に育ったローリーは兄の死を引きずるが、同じく母親の死を受け入れられない森マコ(菊地凛子)と運命的な出会いを果たす。『ヘルボーイ』シリーズ同様に未熟だった2人は代父に導かれ、戦いの中で成長を遂げる。『ヘルボーイ/ゴールデン・アーミー』に続き登場するドイツ人博士ニュートン・ガイズラー(チャーリー・デイ)とハーマン・ゴットリーブ(バーン・ゴーマン)の人物造形はもちろん、まるで『ブレードランナー』のような香港裏社会のフィクサーであるハンニバル・チャウを演じたロン・パールマンの怪演ぶりが何とも心憎い。

【第1098回】『ヘルボーイ/ゴールデン・アーミー』(ギレルモ・デル・トロ/2008)


 1944年、スコットランド沖で発見された赤い猿のような赤ん坊は、「ヘルボーイ」と名付けられ、ブルーム教授(ジョン・ハート)の養子として育てられていた。1955年ニューメキシコ州のクリスマス、サンタが待ちきれないヘルボーイは起きて待つと教授に告げるが、ブルームはいつものように絵本を読み聞かせる。遥か昔、エルフ族と人間は地球の支配を巡って壮絶な戦いを繰り広げていた。やがてエルフの王は最強の鋼鉄兵団「ゴールデン・アーミー」を生み出すが、そのあまりの戦闘力に心を痛めた王みずからがそれを封印、人間と休戦協定を結ぶ。以来、ゴールデン・アーミー復活の魔力を持つ王冠は3つに分散され、決して1つになることはなかった。ニュージャージー州にある超常現象捜査防衛局“BPRD”に水棲人のエイブ(ダグ・ジョーンズ)、念動発火能力者の最愛の妻リズ(セルマ・ブレア)と待機し、何事件の捜査に当たるヘルボーイだったが徐々に民間人にも気づかれ始め、局長のマニング(ジェフリー・タンバー)は証拠隠滅とマスコミ対策に追われていた。ある夜、マンハッタンのオークション会場が何者かに襲撃される。闇の世界では、ベツムーラ王国のバロル王の息子・ヌアダ王子(ルーク・ゴス)が王宮に戻る。絶滅寸前のエルフ族の末裔でもあるヌアダは、地上の支配者である人間を抹殺しようとしていた。そこで、封印されている不滅の鋼鉄兵団“ゴールデン・アーミー”を復活させるため、3つに分割された王冠を集めていた。

 マイク・ミニョーラの大ヒット・アメコミの映画化『ヘルボーイ』シリーズ第二弾。前作で代父の死を乗り越えたヘルボーイは、妻リズとの間に子供を授かり、父になろうとしている。だがマタニティ・ブルーに悩むヒロインは、ヘルボーイと一定の距離を置こうとする。またヘルボーイ自身も自身が街の英雄視されることに疑問を抱いていることが、物語の推進力となる。前作でFBI局長として登場したトム・マニング(ジェフリー・タンバー)のコメディ・リリーフとしての起用の冴え、ジョン・T・マイヤーズ(ルパート・エヴァンス)に代わる新捜査官として赴任したヨハン・クラウス(ジョン・アレクサンダー)という堅物と自由主義者ヘルボーイとの対立など、前作以上にウェルメイドな味わいが滲む。前作はマーヴェル映画やDCコミック映画の第三極になるような正調アメコミ・ヒーローものだったが、ヌアダ王子(ルーク・ゴス)と妹のヌアダ王女(アンナ・ウォルトン)の血筋にまつわる物語や、堅物なC-3POならぬヨハン・クラウスとのやりとりなど、随所に『スター・ウォーズ』シリーズからの影響が感じられる。また今作ではヘルボーイの盟友エイブ・サピエン(ダグ・ジョーンズ)の初ロマンスがフィーチャーされている。クライマックスの北アイルランドのナイトランドにあるゼンマイ仕掛けの部屋の造形は、ギレルモ・デル・トロの処女作『クロノス』でガッチリと手に突き刺さったクロノスを真っ先に連想させる。死神の登場に起因するヘルボーイのダークサイド、双子の子供の誕生など続編を匂わせながら、ウェルメイドな物語はヴィランの死と悲恋を等価に結ぶ。

【第1097回】『パンズ・ラビリンス』(ギレルモ・デル・トロ/2006)


 鼻歌を歌う女の子、涙ぐむ少女の姿。第二次世界大戦末期、1944年のスペイン。スペイン内戦終結後もゲリラたちはフランコ将軍の圧政に静かに抵抗していた。おとぎ話が大好きな少女・オフェリア(イバナ・バケロ)は臨月を迎えた母カルメン(アリアドナ・ヒル)と共に、山奥にやってきた。途中つわりに襲われた母親は、きれいな空気を吸うために森の中に車を停める。一緒に森に出たオフェリアが拾った眼球、石像の左目に入れられた眼球はぴったりハマり、口からカマキリが出て来る。駐屯地を指揮するフランコ軍のビダル大尉(セルジ・ロペス)はカルメンの15分遅れの到着に苛立っていた。彼はカルメンの新しい亭主だが、ゲリラの疑いがあるというだけで農夫親子を惨殺するような残忍な男だった。彼に使える小間使いのメルセデス(マリベル・ベルドゥ)は実はゲリラ軍の協力者だった。大尉の元に潜り込んで、フェレイロ医師(アレックス・アングロゲリラ)と結託し、軍に情報を流している。ビダル大尉と違い、温厚なメルセデスにオフェリアは懐く。ある日、ひょんなきっかけから不思議な迷宮(ラビリンス)に迷い込んだオフェリアは、山羊の頭と体をしたパン(牧神)がいて、彼女に魔法の王国のプリンセス、モアナの生まれ変わりに違いないと驚くべき事実を告げる。満月の夜が来るまでに三つの試練に耐えられれば、両親の待つ魔法の王国に帰ることが出来る。その言葉を信じたオフェリアは三つの試練に立ち向かう決心をするのだった。

 デル・トロの第二次世界大戦末期の物語として、『デビルズ・バックボーン』と『ヘルボーイ』に続き、3つ目の物語である本作は、スペイン内戦下の閉鎖空間に子供が閉じ込められる物語として、『デビルズ・バックボーン』と同工異曲の様相を呈す。また左肩にしこりがある少女の主題も、目立たぬように削った角の付け根が切り株状に残っているヘルボーイと非常によく似ている。おとぎ話が大好きな少女は、デル・トロのこれまでのフィルモグラフィのように、数百年前と現代との時空の媒介者として存在する。仕立て屋だった彼女の父親は戦死し、カルメンは仕方なしにフランコ政権の傲慢な権力者であるビダル大尉と結婚し、お腹に彼の赤ん坊を身籠もる。納得の行かない政略結婚、案の定新しい父親と折り合いのつかない少女は、母カルメン以外に唯一メルセデスにだけは心を許す。『ミミック』や『ブレイド2』のように地下深くに張り巡らされた物語は、眼球譚であり、家族や両親に守られた少女の成長をも促す。今作でも善と悪の描写がやや紋切り型に終始するのは気になったが、中盤以降、自身の側近であるメルセデスに疑惑の目を向けるビダル大尉の真に迫る恐怖の描写が、甘い味付けに陥りがちなファンタジー描写と比較し、実に苛烈で容赦ない。母カルメンになり代わり、オフェリアの代母となるメルセデスの描写、だからこそ女は救えなかった命に向き合い、突っ伏して涙する。戦争と内戦の禍々しき傷跡、たかが女と揶揄された女の哀しき復讐の調べは時空を超えて輝く。